不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました
 中央の長机に移動して、並んで腰かける。
 黒瀬さんは図面と資料を広げた。
 見覚えのある基礎データと初めて見る基本設計。プレゼンのことはしっかり覚えている。私にはない発想と斬新さで打ちのめされたから。
 それらを説明してくれて、黒瀬さんは言った。

「建設会社はもう決まっていて、六月に着工したいらしい」
「あと三か月しかないじゃないですか!」
「だから急いでる」

 これだけの施設の実施設計を三か月でやるなんて信じられなくて、私は黒瀬さんに聞き返した。

(本当に間に合うのかしら?)

 少し不安になるが、黒瀬さんの声に図面に意識を戻す。

「よし、じゃあ、まずはこの資料を読み解いて、エントランスから設計を始めてほしい。バックデータはここにある。質問があったら適宜聞いてくれ」
「承知しました」
「机はどこでも空いてるところを使っていい」
「じゃあ、そこにします」

 私は池戸さんから一つ置いた隣のデスクに座った。
 パソコンのID、パスワードをもらって、立ち上げる。データはクラウド上に保存するそうだ。
 資料を読むと、黒瀬さんが緻密に計算して作っているのがわかる。

(すごいなぁ。これなら、変なコネを使わなくてもコンペに勝てるじゃない)

 山田主任が言っていた話を思い出して、残念な気分になる。
 これだけの事務所と人員を維持するには確実に仕事を取る必要があるのかもしれないけど。
 資料はとてもわかりやすく、黒瀬さんの設計思想が明確に伝わってくる。

(頭のいい人なんだろうな)

 ちらりと彼を見ると、目が合って、ウインクされた。
 悪い男の笑みに、まんまと心臓が跳ね上がってしまって、私は不機嫌になる。
 あの軽さがなければ、もっと尊敬できるのに。
 ふいっと目を逸らし、私は作業に戻った。
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