大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)
【ひこうき雲】
時はうんと流れて…
アイスランド時間1986年4月1日の朝10時頃であった。
私とマァマとドナ姐《ねえ》はんとケントさん夫妻が乗っている専用機がレイキャヴィークケフラヴィーク国際空港に到着した。
専用機から降りた一行たち5人は、マイクロバスに乗って大番頭《おおばんと》はんたちが待っているハットルグリムス教会へ向かった。
1984年4月はじめから2年の間、イワマツを作るプロジェクトを始めるための準備と取得した資格の技能維持と技能向上の訓練を受講することと医大へ進学するための試験勉強などに取り組んだ。
1986年3月頃にアメリカ合衆国にある超有名医大に入学することが許された。
それから数日後にイワマツの財産一式を私の名義に変更することが決定した。
そしてこの日、ハットルグリムス教会で行われる法的手続きと儀式を経て私・イワマツが財産一式を手にするはこびとなった。
それから80分後であった。
一行たち5人が乗っているマイクロバスがハットルグリムス教会の敷地に到着した。
ハットルグリムス教会の名前の由来は、アイスランドを代表する詩人で聖職者のハットルグリムルピアトルソンから命名された。
1945年に建設開始…
それから41年の時を経て1986年に完成した。
教会は、ルター派の教会…
シンメトリーな美しい建物の作りは、ロケットや鳥の形によく似ていた。
敷地内には、アメリカ大陸を発見した冒険家・レイブルエイリクソンの像が立っていた。
一行たち5人は、マイクロバスから降りたあと歩いて教会の建物へ向かった。
この時、私は途中で足を止めたあと青空を見上げた。
青く澄み切った空に、白いひこうき雲が浮かんでいた。
私は、澄み切った青空に浮かぶひこうき雲をじっと見つめながらつぶやいた。
わぁー…
きれいだな…
この時、マァマが私に声をかけた。
「よーくん。」
「マァマ。」
「なあに?」
「澄み切った青空《そら》に、白いひこうき雲が浮かんでいるよ。」
「うん、きれいね。」
マァマは、私に声をかけた。
「よーくん…早く行きましょう…大番頭《おおばんと》はんたちが教会《チャペル》で待ってるわよ。」
「あっ、うん。」
このあと、一行たち5人は教会《チャペル》ヘ向かって歩いた。
ところ変わって、チャペル内にて…
中は、華美な装飾でアレンジされたプロテスタント風のつくりであった。
一行たち5人は、大番頭《おおばんと》はんと事務長《じむちょう》はんと宮出さんと合流した。
大番頭《おおばんと》はんは、一行たち5人にやさしく呼びかけた。
「ああ、ご無事に到着しましたね…早速、手続きを取りましょう。」
このあと、イワマツグループとイワマツ家の財産書の本名義に登録する手続きに入った。
手続きが終了したあと、メンバーたちは神父さんと一緒に教会の地下室へ向かった。
またところ変わって、教会の地下室にて…
神父さんは、金庫を解錠《かいじょう》したあと金庫の中に入っているファンシーボックスを取り出した。
イワマツの財産書《もくろく》は、ファンシーボックスの中に保管されていた。
神父さんは、ファンシーボックスのふたをていねいにあけた。
そして、財産書《もくろく》が入っている封書をていねいに取り出した。
神父さんは、取り出した封書をゆっくりと私に手渡した。
財産書《もくろく》を手にした私は、イワマツのオーナーとしての責任感と使命感を痛感した。
きょうから私は…
イワマツの当主になった…
チャペルに再び戻ったメンバーたちは、神さまに感謝するミサを挙行した。
メンバーたちは、祭壇の前で聖書を開いてアイスランド語で聖書の一節をエイショウした。
聖書をエイショウしたあと、パイプオルガンの演奏に合わせて賛美歌を合唱した。
その翌日からイワマツを作るプロジェクトが本格的に始まった。
それからまた2日後であった。
ところ変わって、カナダ・プリンスエドワード島のクインズ地区北部にあるフレンチリバーにて…
現地に到着したメンバーたちは、市役所の職員さんと現地の建設会社のスタッフさんたちと一緒に広大な土地で住まいの建設工場に関する打ち合わせをした。
午後2時頃に、メンバーたちはキャベンディッシュの市役所ヘ行った。
市役所に到着したあと、私はイワマツの家の戸籍抄本《こせきしょうほん》を移す手続きと新しく購入したハンコセット(実印・認め印・銀行印)の印鑑登録《いんかんとうろく》の手続きを取った。
これで、私の本籍地はカナダのプリンスエドワード島に移った。
1986年4月30日にすべての手続きが完了した。
同年9月2日に、私はアメリカ合衆国にある超有名医大に入学した。
入学したあとはイワマツを作るプロジェクトを始める準備と保有している資格の技能向上訓練とアメリカ合衆国の医師免許を取得すること…だけに取り組んだ。
それから6年後の1992年夏…
私は、アメリカ合衆国の超有名医大を超優秀な成績で卒業した。
卒業式から1ヶ月後に、アメリカ合衆国の医師免許を取得した。
あとは気象予報士の資格を取得するのみとなった。
大番頭《おおばんと》はんたちと事務長はんと宮出さんは、1992年8月31日を持って連帯後見人のお役目を終了した。
これに伴って、大番頭《おおばんと》はんと事務長はんがしていたお仕事は新しく加入するメンバーたちに引き継ぎをすることになった。
アイスランド時間1986年4月1日の朝10時頃であった。
私とマァマとドナ姐《ねえ》はんとケントさん夫妻が乗っている専用機がレイキャヴィークケフラヴィーク国際空港に到着した。
専用機から降りた一行たち5人は、マイクロバスに乗って大番頭《おおばんと》はんたちが待っているハットルグリムス教会へ向かった。
1984年4月はじめから2年の間、イワマツを作るプロジェクトを始めるための準備と取得した資格の技能維持と技能向上の訓練を受講することと医大へ進学するための試験勉強などに取り組んだ。
1986年3月頃にアメリカ合衆国にある超有名医大に入学することが許された。
それから数日後にイワマツの財産一式を私の名義に変更することが決定した。
そしてこの日、ハットルグリムス教会で行われる法的手続きと儀式を経て私・イワマツが財産一式を手にするはこびとなった。
それから80分後であった。
一行たち5人が乗っているマイクロバスがハットルグリムス教会の敷地に到着した。
ハットルグリムス教会の名前の由来は、アイスランドを代表する詩人で聖職者のハットルグリムルピアトルソンから命名された。
1945年に建設開始…
それから41年の時を経て1986年に完成した。
教会は、ルター派の教会…
シンメトリーな美しい建物の作りは、ロケットや鳥の形によく似ていた。
敷地内には、アメリカ大陸を発見した冒険家・レイブルエイリクソンの像が立っていた。
一行たち5人は、マイクロバスから降りたあと歩いて教会の建物へ向かった。
この時、私は途中で足を止めたあと青空を見上げた。
青く澄み切った空に、白いひこうき雲が浮かんでいた。
私は、澄み切った青空に浮かぶひこうき雲をじっと見つめながらつぶやいた。
わぁー…
きれいだな…
この時、マァマが私に声をかけた。
「よーくん。」
「マァマ。」
「なあに?」
「澄み切った青空《そら》に、白いひこうき雲が浮かんでいるよ。」
「うん、きれいね。」
マァマは、私に声をかけた。
「よーくん…早く行きましょう…大番頭《おおばんと》はんたちが教会《チャペル》で待ってるわよ。」
「あっ、うん。」
このあと、一行たち5人は教会《チャペル》ヘ向かって歩いた。
ところ変わって、チャペル内にて…
中は、華美な装飾でアレンジされたプロテスタント風のつくりであった。
一行たち5人は、大番頭《おおばんと》はんと事務長《じむちょう》はんと宮出さんと合流した。
大番頭《おおばんと》はんは、一行たち5人にやさしく呼びかけた。
「ああ、ご無事に到着しましたね…早速、手続きを取りましょう。」
このあと、イワマツグループとイワマツ家の財産書の本名義に登録する手続きに入った。
手続きが終了したあと、メンバーたちは神父さんと一緒に教会の地下室へ向かった。
またところ変わって、教会の地下室にて…
神父さんは、金庫を解錠《かいじょう》したあと金庫の中に入っているファンシーボックスを取り出した。
イワマツの財産書《もくろく》は、ファンシーボックスの中に保管されていた。
神父さんは、ファンシーボックスのふたをていねいにあけた。
そして、財産書《もくろく》が入っている封書をていねいに取り出した。
神父さんは、取り出した封書をゆっくりと私に手渡した。
財産書《もくろく》を手にした私は、イワマツのオーナーとしての責任感と使命感を痛感した。
きょうから私は…
イワマツの当主になった…
チャペルに再び戻ったメンバーたちは、神さまに感謝するミサを挙行した。
メンバーたちは、祭壇の前で聖書を開いてアイスランド語で聖書の一節をエイショウした。
聖書をエイショウしたあと、パイプオルガンの演奏に合わせて賛美歌を合唱した。
その翌日からイワマツを作るプロジェクトが本格的に始まった。
それからまた2日後であった。
ところ変わって、カナダ・プリンスエドワード島のクインズ地区北部にあるフレンチリバーにて…
現地に到着したメンバーたちは、市役所の職員さんと現地の建設会社のスタッフさんたちと一緒に広大な土地で住まいの建設工場に関する打ち合わせをした。
午後2時頃に、メンバーたちはキャベンディッシュの市役所ヘ行った。
市役所に到着したあと、私はイワマツの家の戸籍抄本《こせきしょうほん》を移す手続きと新しく購入したハンコセット(実印・認め印・銀行印)の印鑑登録《いんかんとうろく》の手続きを取った。
これで、私の本籍地はカナダのプリンスエドワード島に移った。
1986年4月30日にすべての手続きが完了した。
同年9月2日に、私はアメリカ合衆国にある超有名医大に入学した。
入学したあとはイワマツを作るプロジェクトを始める準備と保有している資格の技能向上訓練とアメリカ合衆国の医師免許を取得すること…だけに取り組んだ。
それから6年後の1992年夏…
私は、アメリカ合衆国の超有名医大を超優秀な成績で卒業した。
卒業式から1ヶ月後に、アメリカ合衆国の医師免許を取得した。
あとは気象予報士の資格を取得するのみとなった。
大番頭《おおばんと》はんたちと事務長はんと宮出さんは、1992年8月31日を持って連帯後見人のお役目を終了した。
これに伴って、大番頭《おおばんと》はんと事務長はんがしていたお仕事は新しく加入するメンバーたちに引き継ぎをすることになった。