大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)
【愛はかげろう】
時は、10月9日の午後2時過ぎであった。
またところ変わって、愛大病院の中にあるリハビリ室にて…
私は、理学療法士の先生のもとで歩行訓練を受けていた。
私は残り少ない時間をゆっくりと過ごしたいと思っているのに、なんで歩行訓練を受けなきゃならないのだ…
理学療法士の先生は、私に対して『歩きましょう』と命令口調で言うた。
この時、私は左半身がまひしていたので思う通りに歩くことができなかった。
最初の数日はガマンしていたけど耐えきれなくなったので、私は『こんなヨボヨボの身体になった私に対して、命令口調で言うな若造《このボケ》!!』と言うた。
理学療法士の先生は、私に対して物で攻撃しようとした。
まわりにいた医師たちが理学療法士の先生を押さえつけながら止めたので騒ぎはおさまった。
私は、日本《このくに》の病院で入院生活をつづけて行くことがイヤになった。
………………………
話しを聞いた美郷《みさと》さんは、愛大病院《びょういん》に対して私を退院させることを申し出た。
時は、10月10日の午前11時頃であった。
私は、美郷《みさと》さんとたかこさんと一緒に病棟《びょうしつ》の後かたづけをしていた。
正午頃に受付で退院の手続きを取った。
その後、四国中央市からやって来たせつこさんが運転する車に乗って愛大病院《びょういん》から出発した。
…………………
時は、午後12時40分頃であった。
せつこさんが運転している白のトヨタラウム(ミニバン)の車中にて…
この時間、ミニバンは松山自動車道の川内インターチェンジの交差点で信号待ちをしていた。
車を運転しているせつこさんは、困った表情で言うた。
「あの理学療法士《わかいひと》はなにを考えているのか分からないわね…ヨシタカさまに対して命令口調で言うなんてドサイテーね!!」
美郷《みさと》さんは『まったくそのとおりよ〜』と言うたあとこう言うた。
「日本《このくに》の病院の医師たちは、患者さんたちの気持ちをまったく考えていないのよ…もういいわよ…それよりもせつこさん、大急ぎで高速に入って!!…(県立)三島医療センターへ行くわよ!!」
「分かったわ!!」
(ウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウー…)
ところ変わって、川内インターの料金所にて…
せつこさんが運転しているトヨタラウムが1988年製のニッサンセドリックの黒パトに誘導される形でゲートを通った。
2台の自動車は、高速に入ったあと高松方面へ向かって走行した。
黒パトの中にて…
運転をしている四角い顔の刑事が自動車用の無線で伝えていた。
「100歳ぐらいの男性が発作を起こして倒れました…県立三島医療センターへ搬送しますどうぞ〜」
時は、午後1時20分頃であった。
またところ変わって、県立三島医療センターの館内にて…
私は、館内にあるMRI室で脳の検査を受けた。
その結果、私は3度目(の脳こうそく)を起こす一歩手前に来ていたことが判明した。
5年前(2018年)に発症した時にバイパスをつける手術を受けたことによって、脳の血管のつまりがなくなったと思っていた。
しかし、今の私は身体が極力弱っていたので病を克服する意志がなかった。
あの若造《ボケ》のせいで、私の身体はボロボロに傷ついた。
もう許さない!!
………………………
それから数分後であった。
私は再び意識をなくした。
再び意識をなくした私は、緊急のオペを受けた。
オペは、20時間後の10月11日の朝9時過ぎに終了した。
オペ終了から8時間後に私は再び目覚めた。
危機的な状況は脱した私は、医師から入院するようにと言われた。
しかし、私は入院を拒否した。
入院を拒否した私は、しばらくのあいだせつこさんの家に滞在することになった。
早くカナダに帰りたい…
日本《このくに》に…
私の居場所はどこにもない…
またところ変わって、愛大病院の中にあるリハビリ室にて…
私は、理学療法士の先生のもとで歩行訓練を受けていた。
私は残り少ない時間をゆっくりと過ごしたいと思っているのに、なんで歩行訓練を受けなきゃならないのだ…
理学療法士の先生は、私に対して『歩きましょう』と命令口調で言うた。
この時、私は左半身がまひしていたので思う通りに歩くことができなかった。
最初の数日はガマンしていたけど耐えきれなくなったので、私は『こんなヨボヨボの身体になった私に対して、命令口調で言うな若造《このボケ》!!』と言うた。
理学療法士の先生は、私に対して物で攻撃しようとした。
まわりにいた医師たちが理学療法士の先生を押さえつけながら止めたので騒ぎはおさまった。
私は、日本《このくに》の病院で入院生活をつづけて行くことがイヤになった。
………………………
話しを聞いた美郷《みさと》さんは、愛大病院《びょういん》に対して私を退院させることを申し出た。
時は、10月10日の午前11時頃であった。
私は、美郷《みさと》さんとたかこさんと一緒に病棟《びょうしつ》の後かたづけをしていた。
正午頃に受付で退院の手続きを取った。
その後、四国中央市からやって来たせつこさんが運転する車に乗って愛大病院《びょういん》から出発した。
…………………
時は、午後12時40分頃であった。
せつこさんが運転している白のトヨタラウム(ミニバン)の車中にて…
この時間、ミニバンは松山自動車道の川内インターチェンジの交差点で信号待ちをしていた。
車を運転しているせつこさんは、困った表情で言うた。
「あの理学療法士《わかいひと》はなにを考えているのか分からないわね…ヨシタカさまに対して命令口調で言うなんてドサイテーね!!」
美郷《みさと》さんは『まったくそのとおりよ〜』と言うたあとこう言うた。
「日本《このくに》の病院の医師たちは、患者さんたちの気持ちをまったく考えていないのよ…もういいわよ…それよりもせつこさん、大急ぎで高速に入って!!…(県立)三島医療センターへ行くわよ!!」
「分かったわ!!」
(ウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウーウー…)
ところ変わって、川内インターの料金所にて…
せつこさんが運転しているトヨタラウムが1988年製のニッサンセドリックの黒パトに誘導される形でゲートを通った。
2台の自動車は、高速に入ったあと高松方面へ向かって走行した。
黒パトの中にて…
運転をしている四角い顔の刑事が自動車用の無線で伝えていた。
「100歳ぐらいの男性が発作を起こして倒れました…県立三島医療センターへ搬送しますどうぞ〜」
時は、午後1時20分頃であった。
またところ変わって、県立三島医療センターの館内にて…
私は、館内にあるMRI室で脳の検査を受けた。
その結果、私は3度目(の脳こうそく)を起こす一歩手前に来ていたことが判明した。
5年前(2018年)に発症した時にバイパスをつける手術を受けたことによって、脳の血管のつまりがなくなったと思っていた。
しかし、今の私は身体が極力弱っていたので病を克服する意志がなかった。
あの若造《ボケ》のせいで、私の身体はボロボロに傷ついた。
もう許さない!!
………………………
それから数分後であった。
私は再び意識をなくした。
再び意識をなくした私は、緊急のオペを受けた。
オペは、20時間後の10月11日の朝9時過ぎに終了した。
オペ終了から8時間後に私は再び目覚めた。
危機的な状況は脱した私は、医師から入院するようにと言われた。
しかし、私は入院を拒否した。
入院を拒否した私は、しばらくのあいだせつこさんの家に滞在することになった。
早くカナダに帰りたい…
日本《このくに》に…
私の居場所はどこにもない…