大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)
【裏窓トワイライト】
時は、8月17日の朝10時過ぎであった。
ところ変わって、直方市津田町の県道の交差点にあるたばこ屋にて…
私は、たばこ屋のカウンターに置かれている10円の赤電話を使って電話をかけていた。
ママとシカヌマさんをご存じの方の家に一軒ずつ電話をかけていた私は、ものすごくあせっていた。
大番頭《おおばんと》はんたちの居場所を一番に知っているのはママだけである。
ママを先に見つけないと…
急がなきゃ…
電話をかけている私は、受話器の向う側にいる相手の方に話をした。
「もしもし…あの、八幡西区△△△の□□村さまのおたくでございますか?…私は、イワマツキョウコの息子のコリントイワマツヨシタカグラマシーでございます…あの…お嫁さんでございましたね…すみません、おしゅうとめさまにお電話をお代わりできますか?…そうですか…出かけられていますか…すみません、イワマツキョウコの息子さんから電話があったことを伝えていただけますか?…お願いします。」
(ガチャン…ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラ…)
私は、受話器を置いたあと黒のラッションペンでメモ書きをした。
返却口から10円玉がたくさん出た。
またところ変わって、筑豊電鉄の直方駅の待合室にある公衆電話のコーナーにて…
私は、コイン式の黄色のプッシュホンで電話をかけていた。
「もしもし、直方市《しない》◯◯◯の□△岡さまのおうちですか?…私は、イワマツキョウコの息子のコリントイワマツヨシタカグラマシーです…あの、□△岡の奥さまはいらっしゃいますか?」
この時、受話器のスピーカーから男性の声が聞こえた。
『もしもし、もしもし!!』
「はい?」
『どちらへかけているのですか!?』
「えっ?」
『どちらへ電話をかけているのですか!?』
「あの、□△岡さまのお宅ですね?」
『ちがいますよ!!うちは■●見ですよ!!』
「えっ?」
『クソ忙しい時に間違い電話をするんじゃねえよボケ!!』
「すみませんでした〜」
(ガチャン!!ツーツーツーツーツーツーツーツー…)
あちゃー…
間違い電話をやっちゃった…
………………………
またところ変わって、直方市須崎町《しないすさきちょう》にあるたばこ屋さんにて…
私は、カウンターに置かれている10円の赤電話を使って電話をかけていた。
「もしもし、□△岡さまのおたくでございますね…あの、私はイワマツキョウコの息子の…はい、コリントは私でございます…あの、奥さまはいらっしゃいますか?…奥さまでございますね…お世話になります…あの、私の母と母の知人のシカヌマさんと言う方を探しているのです…えーと、昭和20年8月6日のことをご存じでしょうか?…そうでございましたか…ありがとうございます…奥さまはその日どちらにいらっしゃいましたか?…仁方《にがた》…呉市にいたのですね…えっ、仁方港《みなと》で母とシカヌマさんを見かけたのですね…ちょっとお待ち下さい!!」
私は、10円玉を20枚入れたあと受話器の向こうにいる相手と話をした。
「おまたせしました…母とシカヌマさんは、仁方港《みなと》から船に乗られたのですね…たしか堀江港《ほりえ》まで行ったのですね…分かりました…ありがとうございました…お忙しい中をすみませんでした…はい、はい…お世話になりました。」
……………………
時は、夕方5時頃であった。
またところ変わって、国鉄直方駅の待合室にて…
ベンチの上に、スーパーマップル(昭文社)の中国地方と九州地方の道路地図が置かれていた。
私は、メモ書きをした紙を見ながら万年筆を使って地図に記載していた。
ママとシカヌマさんは、海田市で△△△さんに『引き返せ』と言われたあと、呉線の汽車に乗り換えた…
その後、仁方駅で汽車を降りた…
仁方港から堀江港まで連絡船《ふね》に乗った…
その後、堀江から三津浜まで汽車に乗った…
三津浜港から柳井港まで船に乗った…
その後、柳井駅から山陽本線の汽車に乗った…
行き先は…
長崎…
長崎…
……………………
柳井に到着したのは、たしか8月7日の深夜だった…
汽車は、朝6時頃までは動いてないので…
朝が来るのを待つしかない…
8月7日の朝に…
柳井駅から汽車に乗った…
長崎に到着した日は…
ええ…
まさか…
…………………
ママとシカヌマさんは…
8月9日に…
長崎で被ばくしたかもしれない…
そんな…
どうしたらいいのだ…
…………………………
ところ変わって、直方市津田町の県道の交差点にあるたばこ屋にて…
私は、たばこ屋のカウンターに置かれている10円の赤電話を使って電話をかけていた。
ママとシカヌマさんをご存じの方の家に一軒ずつ電話をかけていた私は、ものすごくあせっていた。
大番頭《おおばんと》はんたちの居場所を一番に知っているのはママだけである。
ママを先に見つけないと…
急がなきゃ…
電話をかけている私は、受話器の向う側にいる相手の方に話をした。
「もしもし…あの、八幡西区△△△の□□村さまのおたくでございますか?…私は、イワマツキョウコの息子のコリントイワマツヨシタカグラマシーでございます…あの…お嫁さんでございましたね…すみません、おしゅうとめさまにお電話をお代わりできますか?…そうですか…出かけられていますか…すみません、イワマツキョウコの息子さんから電話があったことを伝えていただけますか?…お願いします。」
(ガチャン…ジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラジャラ…)
私は、受話器を置いたあと黒のラッションペンでメモ書きをした。
返却口から10円玉がたくさん出た。
またところ変わって、筑豊電鉄の直方駅の待合室にある公衆電話のコーナーにて…
私は、コイン式の黄色のプッシュホンで電話をかけていた。
「もしもし、直方市《しない》◯◯◯の□△岡さまのおうちですか?…私は、イワマツキョウコの息子のコリントイワマツヨシタカグラマシーです…あの、□△岡の奥さまはいらっしゃいますか?」
この時、受話器のスピーカーから男性の声が聞こえた。
『もしもし、もしもし!!』
「はい?」
『どちらへかけているのですか!?』
「えっ?」
『どちらへ電話をかけているのですか!?』
「あの、□△岡さまのお宅ですね?」
『ちがいますよ!!うちは■●見ですよ!!』
「えっ?」
『クソ忙しい時に間違い電話をするんじゃねえよボケ!!』
「すみませんでした〜」
(ガチャン!!ツーツーツーツーツーツーツーツー…)
あちゃー…
間違い電話をやっちゃった…
………………………
またところ変わって、直方市須崎町《しないすさきちょう》にあるたばこ屋さんにて…
私は、カウンターに置かれている10円の赤電話を使って電話をかけていた。
「もしもし、□△岡さまのおたくでございますね…あの、私はイワマツキョウコの息子の…はい、コリントは私でございます…あの、奥さまはいらっしゃいますか?…奥さまでございますね…お世話になります…あの、私の母と母の知人のシカヌマさんと言う方を探しているのです…えーと、昭和20年8月6日のことをご存じでしょうか?…そうでございましたか…ありがとうございます…奥さまはその日どちらにいらっしゃいましたか?…仁方《にがた》…呉市にいたのですね…えっ、仁方港《みなと》で母とシカヌマさんを見かけたのですね…ちょっとお待ち下さい!!」
私は、10円玉を20枚入れたあと受話器の向こうにいる相手と話をした。
「おまたせしました…母とシカヌマさんは、仁方港《みなと》から船に乗られたのですね…たしか堀江港《ほりえ》まで行ったのですね…分かりました…ありがとうございました…お忙しい中をすみませんでした…はい、はい…お世話になりました。」
……………………
時は、夕方5時頃であった。
またところ変わって、国鉄直方駅の待合室にて…
ベンチの上に、スーパーマップル(昭文社)の中国地方と九州地方の道路地図が置かれていた。
私は、メモ書きをした紙を見ながら万年筆を使って地図に記載していた。
ママとシカヌマさんは、海田市で△△△さんに『引き返せ』と言われたあと、呉線の汽車に乗り換えた…
その後、仁方駅で汽車を降りた…
仁方港から堀江港まで連絡船《ふね》に乗った…
その後、堀江から三津浜まで汽車に乗った…
三津浜港から柳井港まで船に乗った…
その後、柳井駅から山陽本線の汽車に乗った…
行き先は…
長崎…
長崎…
……………………
柳井に到着したのは、たしか8月7日の深夜だった…
汽車は、朝6時頃までは動いてないので…
朝が来るのを待つしかない…
8月7日の朝に…
柳井駅から汽車に乗った…
長崎に到着した日は…
ええ…
まさか…
…………………
ママとシカヌマさんは…
8月9日に…
長崎で被ばくしたかもしれない…
そんな…
どうしたらいいのだ…
…………………………