大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)
【私鉄沿線】
(ピーッ、ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…)
時は、夜7時半頃であった。
私は、筑豊電鉄の各駅停車《どんこう》に乗っていた。
座席に座っている私は、(カセットテープの)ウォークマンで歌を聴いていた。
イヤホンから野口五郎さんの歌で『私鉄沿線』が流れていた。
座席に座っている私は、ぼんやりとした表情を浮かべながら考え事をしていた。
…………………………
時は、夜8時55分頃であった。
私が乗っていた各駅停車《どんこう》が終点・黒崎駅に到着した。
ショルダーバッグを持って電車を降りた私は、改札口を通って駅の外へ出た。
駅の外に出た私は、左腕につけているシチズンの針時計をちらっと見た。
もうすぐ9時だ…
どうしようかな…
……………………
その時であった。
(ポンポン…)
クリーム色のトレンチコートを着ている黒のサングラスをかけた男が私の肩をポンポンとたたいた。
その後、私に1枚のメモ用紙を渡した。
私は、受け取ったメモ用紙に書かれている内容を見た。
「昭和20年8月9日・朝7時半…」
これは一体なんなのだ…
私は、ものすごく不安な表情を浮かべながらつぶやいた。
……………………………
時は、8月18日の朝10時頃であった。
またところ変わって、国電黒崎駅の待合室にて…
私は、若松から行商で来たおばちゃんと話をしていた。
行商のおばちゃんは、私に対して昭和20年8月9日の朝7時過ぎにママとシカヌマさんを見たと言うた。
私は、行商のおばちゃんにこう言うた。
「えっ、ほんとうですか!?…あの、母とシカヌマさんは、どちらのプラットホームにいたのですか!?」
「どちらのって?」
「ですから、上りのホームか下りのホームかのどちらかです!!」
「たしか、下りだった…と思うけど…」
「…ってことは…母とシカヌマさんは博多方面へ向かった…と言うことですか!?」
「たぶんそうだと思うよ〜」
「そうだったのか…」
……………………………
(ピーッ、ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…)
それから30分後であった。
私は、国電鹿児島本線《かごしません》の快速電車に乗って博多駅へ向かった。
快速電車《でんしゃ》は、午後12時15分頃に博多駅に到着した。
(ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…)
時は、午後12時40分頃であった。
博多駅で快速電車《かいそく》を降りた私は、地下鉄《メトロ》に乗って天神駅へ向かった。
とにかく時間がない…
急がなきゃ…
大番頭《おおばんと》はんたちの居場所を知っているのはママだけである…
大急ぎでママを見つけないと…
私の人生は…
お先真っ暗になってしまう…
急げ…
………………………
時は、夜7時半頃であった。
私は、筑豊電鉄の各駅停車《どんこう》に乗っていた。
座席に座っている私は、(カセットテープの)ウォークマンで歌を聴いていた。
イヤホンから野口五郎さんの歌で『私鉄沿線』が流れていた。
座席に座っている私は、ぼんやりとした表情を浮かべながら考え事をしていた。
…………………………
時は、夜8時55分頃であった。
私が乗っていた各駅停車《どんこう》が終点・黒崎駅に到着した。
ショルダーバッグを持って電車を降りた私は、改札口を通って駅の外へ出た。
駅の外に出た私は、左腕につけているシチズンの針時計をちらっと見た。
もうすぐ9時だ…
どうしようかな…
……………………
その時であった。
(ポンポン…)
クリーム色のトレンチコートを着ている黒のサングラスをかけた男が私の肩をポンポンとたたいた。
その後、私に1枚のメモ用紙を渡した。
私は、受け取ったメモ用紙に書かれている内容を見た。
「昭和20年8月9日・朝7時半…」
これは一体なんなのだ…
私は、ものすごく不安な表情を浮かべながらつぶやいた。
……………………………
時は、8月18日の朝10時頃であった。
またところ変わって、国電黒崎駅の待合室にて…
私は、若松から行商で来たおばちゃんと話をしていた。
行商のおばちゃんは、私に対して昭和20年8月9日の朝7時過ぎにママとシカヌマさんを見たと言うた。
私は、行商のおばちゃんにこう言うた。
「えっ、ほんとうですか!?…あの、母とシカヌマさんは、どちらのプラットホームにいたのですか!?」
「どちらのって?」
「ですから、上りのホームか下りのホームかのどちらかです!!」
「たしか、下りだった…と思うけど…」
「…ってことは…母とシカヌマさんは博多方面へ向かった…と言うことですか!?」
「たぶんそうだと思うよ〜」
「そうだったのか…」
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(ピーッ、ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…)
それから30分後であった。
私は、国電鹿児島本線《かごしません》の快速電車に乗って博多駅へ向かった。
快速電車《でんしゃ》は、午後12時15分頃に博多駅に到着した。
(ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…)
時は、午後12時40分頃であった。
博多駅で快速電車《かいそく》を降りた私は、地下鉄《メトロ》に乗って天神駅へ向かった。
とにかく時間がない…
急がなきゃ…
大番頭《おおばんと》はんたちの居場所を知っているのはママだけである…
大急ぎでママを見つけないと…
私の人生は…
お先真っ暗になってしまう…
急げ…
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