大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)

【悲しみがとまらない】

時は、12月15日の午後1時過ぎであった。

またところ変わって、国鉄高松駅のみどりの窓口にて…

私は、窓口にいる駅員さんに対してチケットを1枚くださいと声をかけた。

「大阪まで1枚ください。」

…………………

チケットが発給されたあと、私は一万円札1枚を出した。

…………………

またところ変わって、駅のエントランスホールにあるキオスクにて…

私は、五千円札を出したあと(清酒)西野金陵のワンカップ酒2本とカネテツのごぼ天と志満秀えびせんべいと2食分の駅弁が入っているレジ袋を受け取った。

……………………

(ボーッ!!ボーッ!!ボーッ!!ボーッ!!)

時は、午後2時過ぎであった。

私が乗り込んだ宇高連絡船《れんらくせん》伊予丸が汽笛を鳴らしながら出航した。

甲板《デッキ》にいる私は、(清酒)西野金陵のワンカップをのみながら港駅《みなと》の風景をながめながら考え事をしていた。

あの人妻さんは…

実家へ帰ったあとどうなったのか…

それは知らないけれど…

20代後半だからなんだと言いたいのだ…

でかいのはずうたいだけで…

内面がおこちゃまだから話にならない…

ふたりの子どもは、養護施設へ送られることが決まったので…

実のママのもとへ帰ることができなくなった…

一体、どうなっているのだ…

……………………

(ピーッ、ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…)

時は、夕方4時半頃であった。

国電宇野駅で連絡船《ふね》から降りた私は、国電宇野線〜山陽本線〜東海道本線の電車を乗り継いで大阪へ向かった。

大阪駅に到着したのは、深夜11時20分頃であった。

この日は、駅の近くにあるビジネスホテルに一泊した。

………………………

時は、12月16日の朝7時半頃であった。

またところ変わって、大阪市西成区《おおさかにしなり》の萩の茶屋にある公園にて…

公園では、炊き出しが行われていた。

日雇い労務者のおっちゃんたちが炊き出しを受け取る列に並んでいた。

この時、ショルダーバッグを持って歩いていた私が公園にやって来た。

公園に入った私は、ベンチでゴロ寝していたおっちゃんに声をかけた。

「おっちゃん。」
「なんや。」
「おっちゃん、そななところで寝ていたの?」
「しょーがねーだろ、簡易宿《ドヤ》で寝るカネがなかったのだよ!!…それより、ワイになんの用で来たのだよ!!」
「オレは、人を探しにここへ来たのだよ…おっちゃんに訪《たん》ねたいことがあるけどかまん?」
「ああ!!手短にしてくれ!!」

私は、パスケースに入っている写真をおっちゃんに見せた。

パスケースに入っている写真は、元塚であった。

「オレ、この男の行方を追っているのだよ!!」
「あんさんは刑事かい?」
「オレは、警察からお使いを頼まれたのだよ。」
「そうかい。」
「この男は、大阪府内《ふない》で発生した例の寸借詐欺事件《さぎじけん》の重要参考人の男だよ。」

写真を見たおっちゃんは、私に対してこう言うた。

「ああ、元塚の若造《クソガキ》のことか…おいちゃん知ってるぞ。」
「えっ?ホンマかいな?」
「ホンマにホンマや。」
「おっちゃんの生まれはどこ?」
「おっちゃんは、奈良の明日香村の生まれや。」
「奈良の明日香村?」
「せや。」

おっちゃんは、ひと間隔おいてから私に言うた。

「元塚《あのガキ》は、わしに対してなんて言うたか知らんけど『家の家族たちと不仲になった…実家に居場所がない…実家はビンボーだ…』と言うてたよ〜」
「えっ?元塚《あのヤロー》はそんなことを言ったのですか?」
「ああ、言うたよ。」
「おっちゃんは、元塚《あのヤロー》の実家のことは知ってはるのですか?」
「ああ知ってるよ…若造《あのガキ》の家はすごく裕福な家だったよ。」
「ウソ?」
「ホンマや…ウソだと思うのであれば現地へ行ったらどうや。」
「現地へ行ったらどうやと言うけど…」
「あのヤローの実家は、たしかに貧しかったかもしれない…けれど、ご両親とごきょうだいの方はみーんないい人だったよ。」
「それはどう言う意味やねん?」
「どう言う意味って、家が貧しくてもご家族の心は豊かだと言うことだよ。」
「ますます意味が分からなくなった…」
「そないに言うのであれば現地へ行けよ!!」

そないに言うのであれば現地へ行けよと言うけど…

現地へ行く気がなくなった…

…………………………………

さて、その頃であった。

またところ変わって、奈良県明日香村にある元塚《あのヤロー》の実家の近辺にて…

元塚《あのヤロー》は、ふらついた足取りで実家の近辺にやって来た。

元塚《あのヤロー》の実家だった家は、違う住人の名義になっていた。

家で暮らしていたのは、首都圏から移住してきた30代後半の夫婦の家族たち8人であった。

夫婦と6人の子どもたちが幸せに暮らしていたのを見た元塚《あのヤロー》は、急に泣き出したあと『チクショーチクショーチクショーチクショーチクショーチクショーチクショー!!』と叫びながら走り去った。

元塚《あのヤロー》の実家の家族たちは、一体どこへ行ったのだろうか?
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