大河ドラマ・乳房星(たらちねぼし)
【男のかぞえ歌】
それからまた2分後であった。
ほたるさんは、ビニール袋に入っている1枚の書面を私に手渡した。
受け取った書面は、警察署に提出された『捜索願い』の申請書の写しであった。
私は、書面を見ながら言うた。
「春原富美香《すのはらふみか》。」
「三永《みえ》ちゃんの本名よ。」
「本籍地・住所地はともに山口県…生まれはどこ!?」
私の問いに対して、ほたるさんは悲しげな表情で答えた。
「三永《みえ》ちゃんが生まれた故郷は…戦争中に…焼き尽くされて灰になったわ。」
「灰になった?…なんで灰になったのだ!?」
私の問いに対して、ほたるさんは悲しげな表情で答えた。
「よーくんは…昭和20年の8月20日のあの日…どこにいたのよ?」
「昭和20年の8月20日は…ボストンにいた…ほたるさんが言うたあの日…三永《みえ》さんが生まれ育った故郷《ふるさと》が灰になった…三永《みえ》さんが生まれ育った故郷《ふるさと》が灰になった原因はなんや!?」
私の問いに対して、ほたるさんはますます悲しげな表情で答えた。
「あの日…ソ連軍が…『マオカ』と言う港町《まち》に侵攻したのよ…三永《みえ》ちゃんが生まれ育った故郷《ふるさと》が灰になった原因と言うのは…それよ。」
「………………………」
がっくりと肩を落とした私は、悲しげな表情で『なんとも言えない。』と答えた。
……………………………
時は、午前11時頃であった。
またところ変わって、輪島市内《しないちゅうしんぶ》にある警察署の生活安全課《せいあん》にて…
生活安全課《せいあん》の部署に三永《みえ》さんと警察署の男性職員1人と宿直の男性警察官1人がいた。
宿直の警官は、つらそうな表情で『宿直が明けたのに帰宅できない。』とつぶやいていたが表面はニコニコ顔であった。
男性職員は、困った声で三永《みえ》さんに言うた。
「春原富美香《すのはらふみか》さん…私どもは、富美香《ふみか》さんをご家族のもとにかえしたいのです〜」
鋭い目つきで男性職員をにらみつけている三永《みえ》さんは、とがった声で言うた。
「イヤ!!アタシは帰らないわよ!!」
「どうして帰らないのかな…ダンナさまは、3年前のことについては言い過ぎたからごめんねと言うてたよ。」
「そんな言葉は信用できないわよ!!」
「ご主人さまは泣いているよ…ふたりの息子さんたちは『おかあさんに会いたい』と言うてるのだよ。」
「ふざけたこと言わないでよ!!」
「それじゃあ、どうしたらいいのだよ…(宿直の警官)くんは、宿直が明けたら帰宅するところだったのだよ…きょうは、高校の時から交際しているカノジョに会う約束があるのだよ〜…1時に会う約束を…」
「やかましいクソバカ!!」
三永《みえ》さんに怒鳴られた男性職員は、すごくなさけない声で『困ったな〜』と言うた。
…………………………
この時であった。
生活安全課《せいあん》の入り口付近にほたるさんとショルダーバックを持っている私がいた。
私は、生活安全課《せいあん》の前を通りかかった婦警さんに声をかけた。
「おいねーちゃん。」
「はい?」
「生活安全課《せいあん》にいる宿直の警官がつらそうな表情を浮かべていたね。」
婦警さんは、めんどくさい声で私に言うた。
「(宿直の警官)さんは、1時にカノジョと会う約束をしていたのよ…保護された女性の方がイコジになっているので…帰ることができないのよ。」
「なんとも言えない…それより…『3年前のことはごめんね』…『3年前のこと』ってなんなのだ!?」
私が言うた言葉に対して、ほたるさんは『場所を変えましょう。』と言うた。
……………………………
(ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ…)
時は、午後12時半頃であった。
ほたるさんと私は、輪島市内《しない》にあるバスセンターから金沢方面行きの長距離バスに乗って再び旅に出た。
座席に座っているほたるさんと私は、話し合いをしていた。
私の右手にショルダーバックから取り出したゼブラシャーボーを…左手にメモパッドを持っていた。
私は、ほたるさんに対して声をかけた。
「ほたるさん。」
「なあによーくん。」
「生活安全課《せいあん》の男性職員《しょくいん》が『ダンナさまが3年前のことはごめんね…とあやまっていたよ』と言うたのを聞いたけど…3年前になにがあったのですか?」
「さあ…聞いてないわ。」
「………………………」
「3年前と言えば…三永《みえ》ちゃんが松山に来た時よ。」
「松山…ああ、たしかほたるさんが経営していたスナックで働いていた時…だったかな?」
「その時期に重なるけど…三永《みえ》ちゃんがうちに来たのは2年前の夏よ。」
「それまではどちらにいたのですか?」
「それはまたあとで話すわよ。」
…………………………
それから数秒後であった。
ほたるさんは、私に対してこう言うた。
「昭和20年の8月20日にマオカが戦場になったあの日…よーくんはボストンにいたのね。」
「間違いありません。」
ほたるさんは、悲しげな表情で私に言うた。
「三永《みえ》ちゃんは…昭和9年にカラフトで生まれたのよ。」
「三永《みえ》さんの生まれ故郷は…カラフトでしたね。」
「そうよ。」
ほたるさんは、悲しげな表情で私に言うた。
「三永《みえ》ちゃんの本名は春原富美香《すのはらふみか》と言うたけど…これは改名された本名よ。」
「もとの名前は?」
「さあ、知らないわよ。」
「そうですか。」
「春原富美香《すのはらふみか》と改名する前は…そうね…温和な名前だったのじゃないの?」
「温和な名前…だった。」
「話変わるけど…三永《みえ》ちゃんが生まれ育った家は…父親方の実家だったわ…カラフトにある鉱山や土地・山・田畑《のうち》…を超大量に所有していたのよ…三永《みえ》ちゃんが生まれ育った実家の親類の子どもたちは、全員男の子だったわよ。」
「女の子は、三永《みえ》さんだけ…と言うことですか?」
「そうよ。」
ほたるさんは、悲しげな表情で私に言うた。
「三永《みえ》ちゃんの父方の実家の人間は、三永《みえ》ちゃんに対してものすごく甘い態度で接していたわよ…『チョウよハナよ〜』『かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい〜』…と過剰に愛情をそそいだ…七五三のお祝いは超豪華だったわ…大事に大事に大事に大事に大事に大事に大事に大事に…され続けた結果…親類の子どもたちからより激しい反発を受けたのよ…『不公平だ!!』『ぼくたちを切り棄てた』『ぼくたちは誰からも愛されてないのだ』…と口々に言いまくった…三永《みえ》ちゃん自身は『だれがなんと言おうとアタシは特別よ〜』と言う…激ナマイキな子になったのよ…だけど…そんなユーフクな時間は長くは続かなかったわ…昭和20年の8月15日に…日本が戦争に負けた…戦争に負けたと言うことは、カラフトに居場所をなくした…と言うことよ。」
「その5日後の8月20日に…三永《みえ》さんの生まれ育った故郷が…灰になった…と言うことですね。」
「よーくんの言うとおりよ…あの日、街にソ連軍の兵士たちが自動小銃《じゅう》を撃ちながら住民たちをイカクした…三永《みえ》ちゃんの実家の人たちも逃げ回った…けれど…その途中で…三永《みえ》ちゃんのおかあさんが…ソ連兵に捕まったあと…汚辱《はずかしめ》を受けたのよ…その後…三永《みえ》ちゃんのおかあさんが亡くなった…」
「三永《みえ》さんの他のご家族の方たちは?」
「全員…死亡したわよ…三永《みえ》ちゃんは…近所の家の住民の方たちに連れられて本土へ戻ったのよ…その後、三永《みえ》ちゃんは、父方の遠い親戚の家に養女になったのよ。」
「そうでしたか…」
…………………………
(ピーッ、ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…)
時は、夜7時過ぎであった。
ほたるさんと私は、富山駅でバスを降りたあと大阪行きの特急雷鳥に乗って西へ向かった。
自由席車にて…
ほたるさんは、私の向かいの席に座っていた。
私は、ショルダーバックをひざの上に乗せた状態で座っていた。
ほたるさんは、私に対して声をかけた。
「三永《みえ》ちゃんは、両親がいない状態で本土へ帰還したけど…そこから先は地獄道だったわ。」
「その時、三永《みえ》さんに身寄りはいたのですか?」
「いたのはいたけど…」
「いたのはいた?」
ほたるさんは、私に対して三永《みえ》さんが本土に帰還したあとのことについて話した。
「三永《みえ》ちゃんは、父方の実家の遠い親類の家に身を寄せたのよ…本土に帰還してから2年後に三永《みえ》ちゃんはまた学校へ行くようになったのよ…だけど…三永《みえ》ちゃんはその時を境にして心がすさんだのよ。」
「それはなぜですか?」
「三永《みえ》ちゃんは、遠い親類のおばの知人のコネで…幼稚園から大学院までエスカレーター式の女学院《ガッコー》に転学したわ…小学校5年生からやり直す形で行くことになった…だけど…三永《みえ》ちゃん自身は、そんな楽ちんな学園生活を一切望んでいなかった…高校受験・大学受験をしなくてもいい…大学院へ行きたいのであれば、女学院《ガッコー》に申し出ればいいだけ…シューカツば女学院《ガッコー》が代理でするので心配することはないよ…」
「…と言われたので、そのとおりにした。」
「そうよ。」
私は、小さな台の上に置かれているワンカップ大関のびんを手に取ったあとふたをあけた。
私は、お酒をひとくちのんだあとほたるさんに声をかけた。
「遠縁のおばの知人からそのように言われた三永《みえ》さんは、その人の言う通りに女学院《ガッコー》へ通った…小学校5年〜6年のあいだにかけては多少ガマンして行ったけど…中学にあがった時に…少しずつ違和感を感じた。」
「よーくんの言うとおりよ。」
ほたるさんは、私に対して声をかけた。
「三永《みえ》ちゃんが中学にあがった頃を境に…ガッコーで暴れるようになったのよ…気に入らないことがあれば…そのたびに暴れていた…とくに…授業中に暴れることが多くあったわよ。」
「授業中に暴れた?」
「うん。」
「もっともひどかったのは?」
「高1の冬よ。」
ほたるさんは、私に対して声をかけた。
「三永《みえ》ちゃんはその日…女子生徒のA子ちゃんに対して暴力をふるったのよ。」
「原因は?」
「A子ちゃんが三永《みえ》ちゃんに対して『遊びに行ってもいい?』と言うたのよ。」
「なんでそんなことを言うたの?」
「よくわからないけど…A子ちゃんは、事件が起こる一ヶ月前から三永《みえ》ちゃんに対して『遊びに行ってもいい?』とシツヨウに頼んでいたのよ。」
「A子は、なんで三永《みえ》さんに対して『遊びに行ってもいい?』と言うたのですか?」
「よくわからない…けど…三永《みえ》ちゃん自身はA子ちゃんがシツヨウに求めて来たので…そうとうイラついていたのよ。」
「それが原因で、三永《みえ》さんが暴れたのですね。」
「そうよ。」
「A子は、どうなったのですか?」
「三永《みえ》ちゃんに暴力をふるわれたあと…亡くなったわよ。」
「亡くなった?」
「三永《みえ》ちゃんが隠し持っていたサバイバルナイフで…A子ちゃんを斬《き》りつけたのよ。」
「それで?」
「周りにいた他の女子生徒たち10人前後が三永《みえ》ちゃんに殴りかかってきたのよ。」
「その女子生徒《せいと》たちも…」
「三永《みえ》ちゃんにサバイバルナイフで斬られたわ…うち…4人が…亡くなったのよ。」
「加害者の三永《みえ》さんは?」
「その事件を境にして…女学院《ガッコー》へ行くのをやめたわ。」
「女学院《ガッコー》へ行くのをやめた。」
「それからは引きこもりになったのよ…それから数日後に…三永《みえ》ちゃんは家出したわよ。」
「家出した。」
「うん…三永《みえ》ちゃんが水商売《ギョーカイ》に入ったのは、21の時よ。」
「松山でほたるさんが経営していたスナックに入店したのは?」
「3年前よ。」
「3年前…あっ…そう言えば…あのおまわりが言うた…『3年前のことはごめんね…とダンナが言うてたよ…』と言う…あれでしょうか?」
「よーくんの言うとおりよ…三永《みえ》ちゃんは、3年前にダンナとひどい大ゲンカを起こした末にリコンしてやると言うて家出したのよ。」
「その後、松山に来たのですね。」
「うん。」
………………………
話は、そこで止まった。
…………………………
(ピーッ、ゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトンゴトン…)
ほたるさんと私が乗っている特急雷鳥は、敦賀駅から湖西線を通って大阪方面へ向かって走行した。
ほたるさんは、ビニール袋に入っている1枚の書面を私に手渡した。
受け取った書面は、警察署に提出された『捜索願い』の申請書の写しであった。
私は、書面を見ながら言うた。
「春原富美香《すのはらふみか》。」
「三永《みえ》ちゃんの本名よ。」
「本籍地・住所地はともに山口県…生まれはどこ!?」
私の問いに対して、ほたるさんは悲しげな表情で答えた。
「三永《みえ》ちゃんが生まれた故郷は…戦争中に…焼き尽くされて灰になったわ。」
「灰になった?…なんで灰になったのだ!?」
私の問いに対して、ほたるさんは悲しげな表情で答えた。
「よーくんは…昭和20年の8月20日のあの日…どこにいたのよ?」
「昭和20年の8月20日は…ボストンにいた…ほたるさんが言うたあの日…三永《みえ》さんが生まれ育った故郷《ふるさと》が灰になった…三永《みえ》さんが生まれ育った故郷《ふるさと》が灰になった原因はなんや!?」
私の問いに対して、ほたるさんはますます悲しげな表情で答えた。
「あの日…ソ連軍が…『マオカ』と言う港町《まち》に侵攻したのよ…三永《みえ》ちゃんが生まれ育った故郷《ふるさと》が灰になった原因と言うのは…それよ。」
「………………………」
がっくりと肩を落とした私は、悲しげな表情で『なんとも言えない。』と答えた。
……………………………
時は、午前11時頃であった。
またところ変わって、輪島市内《しないちゅうしんぶ》にある警察署の生活安全課《せいあん》にて…
生活安全課《せいあん》の部署に三永《みえ》さんと警察署の男性職員1人と宿直の男性警察官1人がいた。
宿直の警官は、つらそうな表情で『宿直が明けたのに帰宅できない。』とつぶやいていたが表面はニコニコ顔であった。
男性職員は、困った声で三永《みえ》さんに言うた。
「春原富美香《すのはらふみか》さん…私どもは、富美香《ふみか》さんをご家族のもとにかえしたいのです〜」
鋭い目つきで男性職員をにらみつけている三永《みえ》さんは、とがった声で言うた。
「イヤ!!アタシは帰らないわよ!!」
「どうして帰らないのかな…ダンナさまは、3年前のことについては言い過ぎたからごめんねと言うてたよ。」
「そんな言葉は信用できないわよ!!」
「ご主人さまは泣いているよ…ふたりの息子さんたちは『おかあさんに会いたい』と言うてるのだよ。」
「ふざけたこと言わないでよ!!」
「それじゃあ、どうしたらいいのだよ…(宿直の警官)くんは、宿直が明けたら帰宅するところだったのだよ…きょうは、高校の時から交際しているカノジョに会う約束があるのだよ〜…1時に会う約束を…」
「やかましいクソバカ!!」
三永《みえ》さんに怒鳴られた男性職員は、すごくなさけない声で『困ったな〜』と言うた。
…………………………
この時であった。
生活安全課《せいあん》の入り口付近にほたるさんとショルダーバックを持っている私がいた。
私は、生活安全課《せいあん》の前を通りかかった婦警さんに声をかけた。
「おいねーちゃん。」
「はい?」
「生活安全課《せいあん》にいる宿直の警官がつらそうな表情を浮かべていたね。」
婦警さんは、めんどくさい声で私に言うた。
「(宿直の警官)さんは、1時にカノジョと会う約束をしていたのよ…保護された女性の方がイコジになっているので…帰ることができないのよ。」
「なんとも言えない…それより…『3年前のことはごめんね』…『3年前のこと』ってなんなのだ!?」
私が言うた言葉に対して、ほたるさんは『場所を変えましょう。』と言うた。
……………………………
(ブロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロロ…)
時は、午後12時半頃であった。
ほたるさんと私は、輪島市内《しない》にあるバスセンターから金沢方面行きの長距離バスに乗って再び旅に出た。
座席に座っているほたるさんと私は、話し合いをしていた。
私の右手にショルダーバックから取り出したゼブラシャーボーを…左手にメモパッドを持っていた。
私は、ほたるさんに対して声をかけた。
「ほたるさん。」
「なあによーくん。」
「生活安全課《せいあん》の男性職員《しょくいん》が『ダンナさまが3年前のことはごめんね…とあやまっていたよ』と言うたのを聞いたけど…3年前になにがあったのですか?」
「さあ…聞いてないわ。」
「………………………」
「3年前と言えば…三永《みえ》ちゃんが松山に来た時よ。」
「松山…ああ、たしかほたるさんが経営していたスナックで働いていた時…だったかな?」
「その時期に重なるけど…三永《みえ》ちゃんがうちに来たのは2年前の夏よ。」
「それまではどちらにいたのですか?」
「それはまたあとで話すわよ。」
…………………………
それから数秒後であった。
ほたるさんは、私に対してこう言うた。
「昭和20年の8月20日にマオカが戦場になったあの日…よーくんはボストンにいたのね。」
「間違いありません。」
ほたるさんは、悲しげな表情で私に言うた。
「三永《みえ》ちゃんは…昭和9年にカラフトで生まれたのよ。」
「三永《みえ》さんの生まれ故郷は…カラフトでしたね。」
「そうよ。」
ほたるさんは、悲しげな表情で私に言うた。
「三永《みえ》ちゃんの本名は春原富美香《すのはらふみか》と言うたけど…これは改名された本名よ。」
「もとの名前は?」
「さあ、知らないわよ。」
「そうですか。」
「春原富美香《すのはらふみか》と改名する前は…そうね…温和な名前だったのじゃないの?」
「温和な名前…だった。」
「話変わるけど…三永《みえ》ちゃんが生まれ育った家は…父親方の実家だったわ…カラフトにある鉱山や土地・山・田畑《のうち》…を超大量に所有していたのよ…三永《みえ》ちゃんが生まれ育った実家の親類の子どもたちは、全員男の子だったわよ。」
「女の子は、三永《みえ》さんだけ…と言うことですか?」
「そうよ。」
ほたるさんは、悲しげな表情で私に言うた。
「三永《みえ》ちゃんの父方の実家の人間は、三永《みえ》ちゃんに対してものすごく甘い態度で接していたわよ…『チョウよハナよ〜』『かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい〜』…と過剰に愛情をそそいだ…七五三のお祝いは超豪華だったわ…大事に大事に大事に大事に大事に大事に大事に大事に…され続けた結果…親類の子どもたちからより激しい反発を受けたのよ…『不公平だ!!』『ぼくたちを切り棄てた』『ぼくたちは誰からも愛されてないのだ』…と口々に言いまくった…三永《みえ》ちゃん自身は『だれがなんと言おうとアタシは特別よ〜』と言う…激ナマイキな子になったのよ…だけど…そんなユーフクな時間は長くは続かなかったわ…昭和20年の8月15日に…日本が戦争に負けた…戦争に負けたと言うことは、カラフトに居場所をなくした…と言うことよ。」
「その5日後の8月20日に…三永《みえ》さんの生まれ育った故郷が…灰になった…と言うことですね。」
「よーくんの言うとおりよ…あの日、街にソ連軍の兵士たちが自動小銃《じゅう》を撃ちながら住民たちをイカクした…三永《みえ》ちゃんの実家の人たちも逃げ回った…けれど…その途中で…三永《みえ》ちゃんのおかあさんが…ソ連兵に捕まったあと…汚辱《はずかしめ》を受けたのよ…その後…三永《みえ》ちゃんのおかあさんが亡くなった…」
「三永《みえ》さんの他のご家族の方たちは?」
「全員…死亡したわよ…三永《みえ》ちゃんは…近所の家の住民の方たちに連れられて本土へ戻ったのよ…その後、三永《みえ》ちゃんは、父方の遠い親戚の家に養女になったのよ。」
「そうでしたか…」
…………………………
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時は、夜7時過ぎであった。
ほたるさんと私は、富山駅でバスを降りたあと大阪行きの特急雷鳥に乗って西へ向かった。
自由席車にて…
ほたるさんは、私の向かいの席に座っていた。
私は、ショルダーバックをひざの上に乗せた状態で座っていた。
ほたるさんは、私に対して声をかけた。
「三永《みえ》ちゃんは、両親がいない状態で本土へ帰還したけど…そこから先は地獄道だったわ。」
「その時、三永《みえ》さんに身寄りはいたのですか?」
「いたのはいたけど…」
「いたのはいた?」
ほたるさんは、私に対して三永《みえ》さんが本土に帰還したあとのことについて話した。
「三永《みえ》ちゃんは、父方の実家の遠い親類の家に身を寄せたのよ…本土に帰還してから2年後に三永《みえ》ちゃんはまた学校へ行くようになったのよ…だけど…三永《みえ》ちゃんはその時を境にして心がすさんだのよ。」
「それはなぜですか?」
「三永《みえ》ちゃんは、遠い親類のおばの知人のコネで…幼稚園から大学院までエスカレーター式の女学院《ガッコー》に転学したわ…小学校5年生からやり直す形で行くことになった…だけど…三永《みえ》ちゃん自身は、そんな楽ちんな学園生活を一切望んでいなかった…高校受験・大学受験をしなくてもいい…大学院へ行きたいのであれば、女学院《ガッコー》に申し出ればいいだけ…シューカツば女学院《ガッコー》が代理でするので心配することはないよ…」
「…と言われたので、そのとおりにした。」
「そうよ。」
私は、小さな台の上に置かれているワンカップ大関のびんを手に取ったあとふたをあけた。
私は、お酒をひとくちのんだあとほたるさんに声をかけた。
「遠縁のおばの知人からそのように言われた三永《みえ》さんは、その人の言う通りに女学院《ガッコー》へ通った…小学校5年〜6年のあいだにかけては多少ガマンして行ったけど…中学にあがった時に…少しずつ違和感を感じた。」
「よーくんの言うとおりよ。」
ほたるさんは、私に対して声をかけた。
「三永《みえ》ちゃんが中学にあがった頃を境に…ガッコーで暴れるようになったのよ…気に入らないことがあれば…そのたびに暴れていた…とくに…授業中に暴れることが多くあったわよ。」
「授業中に暴れた?」
「うん。」
「もっともひどかったのは?」
「高1の冬よ。」
ほたるさんは、私に対して声をかけた。
「三永《みえ》ちゃんはその日…女子生徒のA子ちゃんに対して暴力をふるったのよ。」
「原因は?」
「A子ちゃんが三永《みえ》ちゃんに対して『遊びに行ってもいい?』と言うたのよ。」
「なんでそんなことを言うたの?」
「よくわからないけど…A子ちゃんは、事件が起こる一ヶ月前から三永《みえ》ちゃんに対して『遊びに行ってもいい?』とシツヨウに頼んでいたのよ。」
「A子は、なんで三永《みえ》さんに対して『遊びに行ってもいい?』と言うたのですか?」
「よくわからない…けど…三永《みえ》ちゃん自身はA子ちゃんがシツヨウに求めて来たので…そうとうイラついていたのよ。」
「それが原因で、三永《みえ》さんが暴れたのですね。」
「そうよ。」
「A子は、どうなったのですか?」
「三永《みえ》ちゃんに暴力をふるわれたあと…亡くなったわよ。」
「亡くなった?」
「三永《みえ》ちゃんが隠し持っていたサバイバルナイフで…A子ちゃんを斬《き》りつけたのよ。」
「それで?」
「周りにいた他の女子生徒たち10人前後が三永《みえ》ちゃんに殴りかかってきたのよ。」
「その女子生徒《せいと》たちも…」
「三永《みえ》ちゃんにサバイバルナイフで斬られたわ…うち…4人が…亡くなったのよ。」
「加害者の三永《みえ》さんは?」
「その事件を境にして…女学院《ガッコー》へ行くのをやめたわ。」
「女学院《ガッコー》へ行くのをやめた。」
「それからは引きこもりになったのよ…それから数日後に…三永《みえ》ちゃんは家出したわよ。」
「家出した。」
「うん…三永《みえ》ちゃんが水商売《ギョーカイ》に入ったのは、21の時よ。」
「松山でほたるさんが経営していたスナックに入店したのは?」
「3年前よ。」
「3年前…あっ…そう言えば…あのおまわりが言うた…『3年前のことはごめんね…とダンナが言うてたよ…』と言う…あれでしょうか?」
「よーくんの言うとおりよ…三永《みえ》ちゃんは、3年前にダンナとひどい大ゲンカを起こした末にリコンしてやると言うて家出したのよ。」
「その後、松山に来たのですね。」
「うん。」
………………………
話は、そこで止まった。
…………………………
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ほたるさんと私が乗っている特急雷鳥は、敦賀駅から湖西線を通って大阪方面へ向かって走行した。