桜花彩麗伝

 その瞳がはっと見張られ、すぐに和らいだ。ふわりと花が開いたように嬉しそうな笑みが浮かぶ。
 春蘭はどこか控えめに笑み返しつつ彼を見上げた。

「また会いにきてくださるなんて光栄です。今日は騎士さんも一緒ですか」

 にこやかな眼差しを受けた紫苑は小さく一礼する。
 橙華の話には大いに頷けた。こうして誰かと話せることが、彼にとってはこの上なく嬉しいのであろう。
 以前のことを思い返した春蘭は申し訳なさそうに肩をすくめる。

「先日は何も言わずに去ってしまってすみません。公子(こうし)さまに無礼を働きました」

「とんでもない。こちらこそ、あのときは失礼しました。姫さまに怪我がなくてよかった」

 そう言った彼は佇まいを正し、優しげな声色で言を紡ぐ。

「僕は白淵秀(えんしゅう)と申します」

 艶やかな髪の先が日差しで柔らかに透ける。陽光にふちどられ、その微笑がいっそう眩しく感じられた。
 蕭派の一門であっても、やはり彼自身はその性質とはほど遠い。

「わたしは……鳳春蘭といいます。彼は護衛の紫苑です」

 少しばかり迷ったものの、正直に素性を明かした。先に誠意を欠いては得られるものも得られない。
 淵秀はやや瞠目(どうもく)した。

「驚いた。鳳家の……本当に姫さまだったのですね。しかもいまやご側室では?」

「あ、ええ……。その身でこうして会いにくるなんて、非常識は承知なのですが」

「僕は嬉しいですよ」

 一片(いっぺん)の迷いもない口ぶりに、紫苑は思わず顔を上げる。
 似ている、と思った。
 端正(たんせい)な顔にたたえた柔らかな微笑を絶やさない、上品ながら人懐こい紳士然とした男────。ぱったりと姿を消してしまったあの彼に。
 容姿そのものではなく、その人柄が。あるいは春蘭に向けられた眼差しが。

「……そうか、姫さまも宮殿を抜け出してきたんですね。僕と同じなのかな」

 やはり彼は幾度となく逃げるように屋敷を抜け出していたようだ。
 そういう意味では“同じ”ではなかったが、あえて訂正する間もなく淵秀が「それで」と切り替える。

「何か用があるのでは? ただ僕に会いにきてくれたわけじゃ、ないですよね」
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