桜花彩麗伝
     ◇



 元明とともに蒼龍殿へ参殿(さんでん)した宋妟を認め、煌凌ははっとしたように立ち上がった。
 官吏としての跪拝(きはい)を受けた王は、嬉しそうに顔を綻ばせる。

「ついに……余の意を受ける気になってくれたのか」

「ええ、主上。遅ればせながら拝命(はいめい)いたします」

 実のところ、宋妟の謹慎(きんしん)が明けてすぐ、王は彼に対し朝廷の要職に就いて欲しいと直々に要請していた。
 それでもなかなか承諾を得られず、気を揉んでいたところである。
 勅命(ちょくめい)として強引に推し進めるか、あるいは三顧(さんこ)(れい)を尽くそうかと考えを巡らせたが、宋妟ほどの文字通り才人(さいじん)に、王として信を置いてもらえるまで粘ることとした。ついにそのときが訪れたようだ。

「礼を言う。そなたには、ぜひ宰相の任を受けて欲しいのだ」

 あまりにさらりと告げられ、反射的に頷きかけた頭を宋妟は咄嗟に留める。
 訝しげに秀眉(しゅうび)を寄せ、思わず兄の……元明の方を窺った。

 宰相というのであれば、ここにいる元明がその座に就いているはずである。
 最高位の官吏たるその地位に身を置くことができるのは一名のみ、というのが遵守(じゅんしゅ)すべき規則であった。

 宋妟の疑念を悟った王は澄んだ声色で言う。

「元明は宰相の座を退いたのち、太師(たいし)(じょ)する運びとなった」

 太師といえば、太傅(たいふ)太保(たいほ)と並ぶ三公(さんこう)のひとつであり、宰相よりさらに高位で位階(いかい)は王に次ぐ。
 王を教導(きょうどう)(たす)ける官であるが、名誉職であるために実権はほとんどない。
 宋妟は合点がいった。元明の能そのものより存在を必要としている王と鳳家にとって、この上なく即した“落としどころ”であろう。
 一方で、器量や才幹(さいかん)、思想を(もっ)百官(ひゃっかん)を率いるに相応(ふさわ)しいと判断した宋妟には、実務に携わる要職である宰相の任を委ねた。
 王の慧眼(けいがん)と裁量に感心した宋妟は微笑んで頷く。

「……心得ました。宰相の任、(つつし)んで拝し(たてまつ)ります」
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