桜花彩麗伝
────なかなか雌雄が決することのない勝負は、橙華が差し入れの冷茶を運んできたことで一時中断となった。
そのときになってようやく、套廊に腰を下ろしこちらを眺めている春蘭の存在に気がつき、紫苑は一礼する。
汗を拭ってから木刀を置くと歩み寄った。少し間を空け、遠慮がちに腰を下ろす。
「お疲れさま。どうかしたの?」
「……いえ、大したことではないのですが」
そう前置きしつつ袖口に手を入れた。一通の書翰を取り出し、春蘭に差し出す。
差出人は榮瑶であった。
彼は柊州の州牧として実務に勤しむ傍ら、蕭家の家門を再興すべく尽力しているようである。
いくらかつての功臣の血を引く名門家とはいえ、一度は没落した家門の再建は容易ならざる大業であった。
しかし、それが榮瑶の諦める理由にはなりえない。
いっそうひたむきに、精励恪勤の日々を送っているという。
「……きっと、そんな日も遠くないでしょうね」
春蘭は言った。
蕭家が面目を一新し、かつて英雄と謳われた時代の栄誉や名声を取り戻すことは、決して不可能ではない。
誇り高きかの一門は、易々と潰えはしない。
分不相応な覇権に身を滅ぼした容燕と、長子を除くその嫡子らの犯した大罪を贖いながら、在りし日の忠義に厚い栄光の家柄を挽回するのであろう。
「ここに書かれてること、あなたはどうするの?」
中身を改めた春蘭は紫苑に問うた。
書翰にて榮瑶は、家門が再興した暁には、蕭家直系男子である紫苑もとい碧依に当主の座に就いて欲しい旨を記している。
紫苑は微笑んだまま緩やかに首を横に振った。
「……いいえ。わたしは相応しくないかと」
とうの昔に名も家も捨てた自分よりも、遥かにその座にうってつけの人物がいる。
いまも懸命に奔走しているであろう彼のほかに、誰が蕭家を継ぐことができるというのだろう。
「本当にいいの? 後悔しない?」
「ええ、わたしは“紫苑”ですから。これからも紫苑として、お嬢さまのおそばにいさせてくれませんか?」