身代わり婚~暴君と呼ばれた辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

14−12 エルウィンの苦い過去

 美しい園庭を走る馬車の中、ベアトリスは笑顔でエルウィンに話しかけてきた

「とても素敵な夜ですわね?」

「ええ……そうですね」

先程からエルウィンはむせ返るようなベアトリスの香水の匂いに必死で耐え続けていた。

(くそっ……! 俺の大嫌いな香水をこんなにふり掛けてくるなんて……!)

 人一倍匂いに敏感で、香水の匂いを嫌うエルウィンにとっては苦痛の時間でしか無かった。

「どうかなさいましたか? エルウィン様。先程から何やらお顔の色が優れないようですが?」

ベアトリスが首を傾げた。

「いえ、大丈夫です……どうかお気になさらず」

作り笑いを浮かべながらエルウィンは返事をした。

早く城に到着してくれることを願いながら――



****

 何故エルウィンがここまで香水の匂いを毛嫌いするのか、それにはある深い理由があった。

それは物心ついたときから城に出入りしていた娼婦たちがきつい香水の匂いを振りまきながら城に出入りしていたからである。
そこで娼婦達が城の男と至る場所で情事にふけっている姿を見せつけられていた。
そんな場面を何度も目撃してきた幼いエルウィンは当然のように彼らを嫌悪し、娼婦を城に招き入れる祖父やランベールを憎悪していた。

それだけではない。
子供の頃から美しい容姿をしていたエルウィンは何かと娼婦たちから注目の的だった。
彼女たちは美しい少年を気に入り、何かにつけてエルウィンにつきまとっていた。

きつい香水を振りまき、自分にまとわりついてくる娼婦。
さらにはランベールが連れてきたメイドまで、エルウィンにつきまとうようになっていた。

そのたびにエルウィンは彼女たちを怒鳴リつけて、追い払っていたのだが……ある日、事件が起こった。


 
 それはエルウィンが14歳の時だった。
 
異常なほどにエルウィンを恋い慕う、1人の娼婦がいた。彼女はいくらエルウィンに怒鳴りつけられたり、つれない態度を取られてもしつこくつきまとっていた。
彼女はエルインに恋慕し……執着していた。
そこでいつまでも自分を追い払おうとするエルウィンに対し、とうとう強硬手段を取ってしまったのだ。

娼婦はこっそりエルウィンの部屋に忍び込み、彼がいつも飲んでいる飲み物に睡眠薬を混ぜた。
睡眠薬には耐性が無かったエルウィンはその飲み物を口にし……深い眠りについてしまった。

そこに娼婦が現れ、正体を無くして眠ってしまったエルウィンをベッドに運び込み……ついに事を成し遂げてしまったのだ。
エルウィンが目を覚ましたときには裸の娼婦が眠っており、自分の身に何が起きたのかを知ることになった。
その時のエルウィンの驚きと怒りは、計り知れなかった。

そして無礼な娼婦は、まだ少年だったエルウィンに不貞行為を働いた罪で死罪となったのである――



****


(くそっ……! この香水のせいで、あの忌まわしい記憶を思い出してしまったじゃないかっ!)

エルウィンの苛立ちはピークに達していた。

そして思った。

王女とではなく、アリアドネと一緒に晩餐会に参加したかった――と。
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