いつも正しい彼が言うには
「だ、って」
「何?」
「…傷ついた顔をしていたからその話題を出すのは時間が経ってからだと思った。本当にごめんなさい」

 夫は私の目を見て言い、しっかり頭を下げた。今感情がめちゃくちゃになっている。いい加減にしろ、とか、アホとかかわいい愛しいとか。でもここではっきりさせとかないといけないことがある。

「玲二君」

 夫の名前を呼ぶ。おそるおそると言った具合に頭を上げた。

「美和ちゃん…」
「その人のこと、夢の話は置いておいて好きなの?」

 大きな体を丸めて私を抱き締めた。ぎゅう、と子どもが人形を離さないような。夫は間髪付けずに必死に言い返した。

「俺が好きなのは美和ちゃんだけ、本当に!思ったこともなかったんだ、あの人はいつも丁寧な掃除をしてくれてるなあと思っただけで…」
「玲二君の会社の清掃員さん?」

 抱き締めたまま二回ほど頷くから髪がさわさわと頬を撫でる。

「そう、立ち話してたら言われて頭真っ白になった意識、したこともなかったのにって」
「ふぅん」
「信じてよ美和ちゃん…」

 頼りになっていた夫がよく知っている学生の頃の夫に戻って私に必死に縋りつく。
 私はその大きな背中を慰める様に抱き締めた。抱き締めて、ぽんぽんと背中を叩く。

「わかったよ」

 夫は空気を抜くみたいに安堵して息を吐いた。その安心しきった顔は緩んでいる。

 夫はいつだって正しい。正しいけれど、時々予想外の方向に行くのだ。
 だから私は教えてやる。

「あのさ、夢の話現代では当てはまらないからね?」
「え?」

 懇切丁寧にいつだって教えること。私はこれからも彼の家庭教師だ。




 
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