失くしたあなたの物語、ここにあります
「そうね……。先日、ここでお見かけしたわね。あの子よね? 雰囲気があなたのお父さんにそっくりだったから、ホッとしたの」

 彼女がようやく、穏やかな笑みを見せたから、沙代子もホッとした。

 悠馬にはもう傷ついてほしくない。詩音さんなら、この真実を宮寺院長に話してくれるだろう。そうして、真実が鶴川に広まればいい。

「私ね、婚約者がいるのよ」

 何か吹っ切れた様子で、彼女はそう言う。

「そうなんですか?」
「彼は医師なの」
「えっ、じゃあ……」
「勘違いしないで。病院を継ぐために結婚するんじゃないのよ。好きになった人が医師だっただけ。でも、父は喜んだわ。きっと、志貴だったら反対されてた」

 どう転がっても、天草さんとは無理だった。詩音さんの目は悲しそうにそう語っている。

「今でも天草さんのこと好きなんだとばかり……」
「好きよ。きっと、好き。だって、いい人だもの。だから、志貴に新しい恋人ができたって聞いて、あなたに会いたかったの。どんな人だろうって。志貴を幸せにしてくれる人なのか、知りたかったの」

 それが、葵沙代子だったのは、彼女にとって最大の皮肉だったのだろうが。

「でも私は……」
「付き合ってないなんて、うそでしょう?」

 うそではない。だけれど、沙代子は天草さんが好きだ。臆病すぎるぐらい臆病になってしまっているけれど、うそになる日が来たらいいと思う自分もいる。そう思うと、肯定も否定もできない。

 黙り込む沙代子に、詩音さんはそっと言う。

「志貴はあなたが好きよね? 私ね、後悔してるの。それは彼を傷つけたことに対しての後悔。今は幸せになってもらえたらうれしいって思ってる。それだけ」
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