失くしたあなたの物語、ここにあります
***


「準備は順調? お母さんは手伝いにいけないけど、力仕事があるなら牛込さんが行ってくださるって」

 珍しく母が電話をかけてきたと思ったら、そんな用件だった。

「大丈夫。天草さんご家族が助けてくれてるから。牛込のおじさんに気持ちだけで充分だからってお礼言っておいて」
「わかったわ。それにしても、ずいぶん、天草さんにお世話になってるそうね。アルバイトはまだやってるの?」

 すぐに電話は切るつもりでパソコン画面に集中していたが、母はまるで沙代子に関心があるかのように話しかけてくる。仕方なしに、沙代子は電話に耳を傾けた。

「ううん。年末でやめたの。でも、忙しいときは手伝いに来てって言ってくれてる」
「そう。何も鶴川でお店出さなくてもって思ったけど、充実してるみたいね」
「そんな話するために電話してきたの?」
「冷たいわねぇ。これでも沙代子がどうしてるか心配してるの」

 心配なんて、今さらだ。鶴川に引っ越すと言ったとき、沙代子の身に何が起きたのか、まったく知ろうとしてくれなかったのに。

 母は気まぐれで、自分本位だ。だけれど、憎めない。そんな人。だから、いくつになっても男の人を魅了する。父が離婚しなかったのは、悠馬のためでもあったのだろうが、何より、父が母を愛していたからだと思う。

「忙しくてちゃんと聞けてなかったけど、牛込さんと結婚するの?」
「反対?」
「お母さんの好きにしたらいいとは思ってる」
「銀さんもいなくなっちゃったし、沙代子も鶴川でしょ? 悠馬だって東京からいつ帰ってくるかわからないし。あなたたちには迷惑かけられないから、牛込さんのお世話になろうと思うわ」

 さみしがりやの母は、しょんぼりしたようにそう言う。

「そんなふうに言うなら、お父さんとより戻したらよかったのに」
「銀さんは優しすぎたのよ」
「牛込さんだって優しいじゃない」
「あら、本当」

 今度はあっけらかんと笑う。
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