失くしたあなたの物語、ここにあります



「だから、マロウブルーは思い出のハーブティーなんだよ。どうして特別なのかって、葵さんは前に聞いたよね? これが答えになってるかな」

 まろう堂を訪れた沙代子に、天草さんは懐かしい昔話を語り終えると、そっと優しい笑みを浮かべる。

 彼の思い出話が本当かどうかは彼を信じるしかないが、すべて真実だろう。沙代子を傷つけないために彼は優しい嘘をつく人かもしれないが、今は嘘をついていないと信じられる。

 だからこそ、沙代子はあんどした。

「私……、天草さんを傷つけてなかったんだね」

 てっきり、ハーブティーなんか嫌いだと、面と向かって彼に言ってしまったことがあるんじゃないかと心配していたが、杞憂だったようだ。

「うん、傷ついてない。俺はいつか、俺の淹れるマロウブルーを飲んで笑ってくれるあの子に会いたかった。あの笑顔が見たかったんだよ」
「だから、マロウブルーを大切にしてるんだね」
「そうだよ。でもさ、葵さんは全然覚えてなかったね」
「あ、そんな言い方ない」

 沙代子がむくれると、彼はおかしそうに笑って、首を振る。

「いいんだよ。あれは、俺の大切な思い出だから」

 そう穏やかに言うと、沙代子の目の前にガラスのカップをそっと置く。

「マロウブルーだよ」
「これも?」

 沙代子は驚いて、カップに注がれたマロウブルーをしげしげと眺める。

 薄紫の綺麗な色をしている。以前に淹れてもらったときとは全然違う色。彼は色彩も操る魔法使いかもしれない。なんて、わりと真面目に思ってしまう。

「ずっと眺めてたい色」

 うっとりとため息つく沙代子に、天草さんが尋ねる。

「葵さん、気づかない?」
「何を?」
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