男主人公が私(モブ令嬢)の作る香水に食いつきました
「トリニダード男爵令嬢」

 名を呼ばれて、思わずハッと息を飲む。キールに呼ばれたときとは違う、優しい声色に逆に警戒してしまった。

「ひとまず、医務室に行った方がいい」
「あっ」

 キールの手形がくっきりと残る私の腕。レオンが汚らしいものでも見るような目をしていることに気づき、咄嗟に腕の赤味を隠す。

「先ほどは助けていただき、ありがとうございました」

 ドレスの裾を少し上げてお礼を述べたのに、レオンはさらに顔を顰める。
 ……えっ、なんで?

「それは別に構わない。それよりも、うっ血してるのだから冷やした方がいい」

 レオンは私の手を掴み、くるりと身を翻して歩き出した。
 なんか、めちゃくちゃ心配されている……?
 キールにも執拗に迫られていた状況も、このレオンの親切さにも、私は違和感を覚えずにはいられない。
 そもそも原作で、私はリーチェとレオンが知り合うシーンなんて描いていない。それはリーチェが物語には必要不可欠とは言い難いキャラだからだ。ちょい役でキールを想い死んでいく令嬢が、なぜレオンと絡む必要がある?
 そんなことを考えながら小走りで走っていたせいか、私の足はドレスの裾を踏んづけてしまい――。

「……きゃ」

 倒れる……! そう思って目をギュッと力いっぱい瞑った。けれどやって来たのは、痛みの衝撃などではなく、むしろ――。


「……危ないところだった」

 レオンがしっかりと私を抱きかかえてくれた。
 侯爵という位を持ちながら、剣の腕前を買われ、帝国の騎士をも務めるレオンの力強い腕と、広くてちょっとやそっとのことではビクともしないであろう胸の中で、甘い甘い香りが私を包んでいた。

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