🍞 ブレッド 🍞 ~フィレンツェとニューヨークとパンと恋と夢と未来の物語~【新編集版】
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 それから2週間後、中年の男女2人が店の中を覗いていた。

「ここじゃないかしら」

 女が指を差した。

「いるか?」

 声を潜めて男が言った。

「わからない」

 女も声を潜めて返した。
 弦の両親だった。出張を利用して、度重なる帰国命令を無視する弦の様子を見に来たのだ。

「あっ、いた」

「どこ?」

「あそこ」

 白いコックコートの上にエプロンを身に着け、白いコック帽をかぶった弦が焼き上がったばかりのパンを店頭に並べていた。

「なり切ってるわね」

「ああ」

 その声が不満そうだったので「どうする? 入る?」と母親が尋ねると、急に命令口調になって「お前が行け」と指図した。

「えっ、私?」

「ああ、自分が行けばすぐにばれる。でも、お前がニューヨークに来ているのは知らないはずだから見つかる可能性は低い。おまけに濃いサングラスをしているから大丈夫だ」

 そして、早くしろ、というように父親が母親の背中を押すと、「もう~」と不満の声を出しながらも仕方なさそうに母親が店の中に足を踏み入れた。

 弦は品出しを終えて厨房に向かっていた。
 客の対応は母親と同年配くらいの女性がしていたので、母親は彼女に近づいて声をかけた。

「焼き上がったばかりのパンはどれですか」

 彼女はこれとこれとこれだと指を差したので、母親はそれらを2個ずつ買って店を出た。

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