🍞 ブレッド 🍞 ~フィレンツェとニューヨークとパンと恋と夢と未来の物語~【新編集版】
 スピーカーから厳かなトランペットの音が聞こえてきた。
 とても落ち着いた揺るぎない音だった。
 続いてヴァイオリンの優しい響きが聞こえてくると、その揺りかごのような音色に導かれてトランペットがクライマックスを迎え、入れ替わるように控え目なギターの音色が流れ始めた。
 それをバックにミュートしたトランペットの囁くような演奏が始まると、包み込むような慈しむような男性の歌声が聞こえてきた。
 イタリア語だった。
 そして、オペラ風のバラードだった。

 惹き込まれていると、CDとDVDがセットになったジャケットをこちらに向けた。
『ITALIA』と記されており、タイトルの上に『CHRIS(クリス) BOTTI(ボッティ)』と書かれてあった。

「何か関係があるの? もしかして親戚とか」

 しかしアンドレアは静かに首を横に振った。

「親戚だったらよかったんだけどね。残念ながらクリス・ボッティは赤の他人だよ」

 弦はこのミュージシャンのことを知らなかったが、世界的な人気を博しているトランぺッターというだけでなく、2004 年の『ピープル誌』で『世界で最も美しい50人』に選ばれたそうで、その端正な顔から『トランペットの貴公子』とも呼ばれているのだという。
 正に実力とルックスを兼ね備えた選ばれたミュージシャンのようだった。

「俺がトランペットを演っても彼には到底敵わないからね」

 その上、ボッティという同じ名字で比べられるのはまっぴらごめんだと言って苦虫を潰したような表情になった。

「だからサックスを……」

 そうだというようにアンドレアが頷いた時、曲が変わった。
『VENIS』
 すると彼はソプラノサックスを手に取って、トランペットと掛け合うように吹き始めた。
 見事だった。
 まったく引けを取っていなかった。

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