1日限りのニセ恋人のはずが、精鋭消防士と契約婚!?情熱的な愛で蕩かされています
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梶谷紗彩の朝は早い。
まず洗濯や簡単なそうじをすませ、それから母とふたり分の朝食を作るのだ。
トーストとサラダを添えたスクランブルエッグ、それに母はブラックコーヒー、紗彩はカフェオレ。
シンプルな朝ごはんだけど、毎朝ヨーグルトやチーズなどの乳製品を食べることは欠かさない。
今日はヨーグルトにブルーベリージャムを添えている。
「お待たせ、紗彩ちゃん」
紗彩も小柄だが、母の梢も背はあまり高い方ではない。
今日は温かそうなベージュピンクのニットアンサンブルを着ていて、五十代とは思えないくらい若く見える。
流行に左右されないデザインだからと、長年愛用しているものだ。
梶谷家は乳製品の製造販売をする梶谷乳業を経営しているが、五年前に社長だった父を病気で亡くした。
父亡きあと、社長の座を継いだのは母だ。
社長が交代したことで今後の経営が危ぶまれたのか、大手スーパーマーケットチェーンとの契約は継続されなかった。
主流だった販売ルートを失って営業成績は悪化し、契約を見込んで新しい機械を導入していたから銀行からの借入金もある。
つまり会社の経営は厳しくなっているのだ。
屋敷も残念なことに父が亡くなってからは、あちこち手入れが行き届いていない。
広い庭も母と紗彩では管理しきれなくて、父が丹精込めていた五葉の松まで悲しげだ。
今となっては信じられない暮らしぶりだったなと、紗彩はため息をついた。
「ため息つくと、幸せが逃げるんですって」
おっとりとした母の話し方では、少しも緊張感が感じられない。
「大丈夫だよ。これ以上わが家から逃げるものなんてないもの」
「それもそうね」
フフフと、母子で笑いあう。