恋人時代 コーヒーカップに映った君へ
 翌日は朝からカメラの前に座っている。 「たまには動画を上げるか。」
やっと日本も驚異的なデフレの時代が終わってハプニングは有るけれど景気が良くなり始めたところ。 まだまだ良くなったとは言えないが。
 それでもさ、日経平均が3万円を越えたのには驚いたよ。 いつか越えるだろうとは思ってたけどね。
でもさ、上り詰めたと思ったら必ず利食いの売りが始まるもんだ。 そうすりゃあなんぼでも平均は下がる。
ブームだと思って買い付けた人たちはここで大損するわけね。 それで恨み節を打ち上げる。
 株なんて物は勢いで買うもんじゃない。 全額一気に突っ込んでそれで暴落したら意味が無いじゃねえか。
100が全てだったら5か10で止めるんだ。 それで様子を見ながら買い付けていけばいい。
 ブラックマンデーほどじゃないけれど、今回の売り下げも相当に損した人が居るんだろうねえ。
可哀そうなくらいだよ。 100万円突っ込んで40万 損したなんて聞いたら俺だって落ち込んでしまうよ。
 さてさて動画は30分ほどで終わった。 最初の頃よりはうまく話せたかなあ?
夕方にはアップできるようにしてまたまた俺は家を出る。 今日は雨が降ってるね。
 由美子と歩いた道をのんびりと歩く。 擦れ違う人は居ない。
そしていつもの喫茶店へ、、、。 ここ{ムーブメント}はけっこう前からやってるんだよね。
 マスターも80年代のアイドルが好きだとか言ってたっけ。 水着のポスターも貼ってあるよなあ。
いつものように会釈をしていつものように隅っこの椅子に座る。 いつものようにウェイトレスがコーヒーを運んでくれる。
 そしていつものようにアラモードを食べながらいつものように一人で物思いに耽る。 たまに一言二言マスターと喋るくらいでのんびりと過ごしている。
邪魔になるわけでもなく苦になるわけでもなく、ゆったりと時間の中でコーヒーを飲んでいる。
仕事に追い回されていたこれまでに比べたら会う人は極端に少なくなったけど何とも贅沢な時間を過ごしていると思う。
50を過ぎてやっと人生を振り返るだけの余裕が出来た。 そう言ってもいいだろう。
 二人連れの女が入ってきた。 どちらも初老のようである。
俺は窓を叩いている雨音に耳を澄ませた。 最近にしてはいい感じの雨である。
 雨と言えば最近は集中豪雨。 しかも一か月の平均雨量の半分とか7割とかいうとんでもない雨が一気に降る。
僅か数時間で川が氾濫するようなものすごい雨が降る。 その辺りには必ず線状降水帯が現れている。
 何でこんなことになったんだろう? 地球温暖化、、、それだけじゃないぞ。
あの巨大な三峡ダムのおかげで水の循環バランスが壊れたんだよ。 あの地域ではとんでもない量の水が滞留している。
 放水すれば下流域はとんでもない洪水に襲われるし、溜め込めば物凄い旱魃に襲われる。
かと思えばものすごい量の水が蒸発するから離れた地域で予想外の雨を降らせることになる。 それが循環を繰り返しているうちに東へ東へやってくる。
そして終には西日本を驚異的なゲリラ豪雨が集中して襲う。 まったくもって迷惑千万な話だ。
 そこへアスファルトジャングルも大いに加勢しているから余計に大変なんだ。 そしてソーラーパネル。
こいつを設置するために森林を無茶苦茶に開墾してしまった。 それがために山は保水力を失って少しの雨でも土石流を惹き起こすことになった。
 日本政府も馬鹿だからあっちこっちにいい顔をしたがる。 その結果、国民が全ての犠牲を背負うことになったんだ。
あんな社会主義みたいな官僚制度はぶっ潰してきれいさっぱり生まれ変わらせるべきだよ。 凡人のくせに何様だと思ってるんだろう?
 まったくどうしようもない化け物は要らないよ。 自分の出世さえ守れればいいんだろう?
それだったらさあ、ご意向主義の中国にでも行ったらどうなんだ? あっちだと堂々と金も貰えるし言うことさえ聞いておけば出世も楽だぜ。

 遠くで雷が鳴っている。 しばらく降りやみそうにないな。 コーヒーを飲みながら女たちをチラ見する。
日常生活のあれこれを話し合っているんだろう。 漏れてくるのは旦那の話ばかり。
 由美子はどうしているのかな? 離婚して以来、会うことも話すことも無くなってしまったからどうしているのかも分からない。
由美子の友達でさえ家に遊びに来ることは無いから、、、。

 雷は遠ざかったり近付いたりしている。 そのたびにキャーダのわーだのって声が上がる。
マスターはまたまたマンドリンを持ってカウンターの近くに座った。 ポロンポロンと聞こえるたびに胸が熱くなってくる。
 涼子がギターを弾いているあの姿と重なるんだ。 俺は何とも言えない気持ちになって壁に目をやった。
そこには伊藤つかさや松田聖子などのポスターが飾ってある。 10代 20代の頃の写真である。
 (懐かしいもんだな。 あの頃はずいぶんと歌番組も見たものだ。)

 【ザ ベストテン』とか【ザ トップテン】とかいって騒いでたよなあ。 今ではすっかり見なくなってしまったけど。
寺尾聡はすごかった。 『ルビーの指環』なんてさあ、、、。
 そうそう、車掌さんも歌ってたよなあ。 伊藤利尋だったっけ?
兎にも角にも奇想天外な時代だった。 それだけにやらせもすごかった。
 【水曜スペシャル】なんてなあ、、、。 川口博探検隊なんて宿題も忘れて見入ったもんだよ。
あの探検隊はスケールもでかかったよね。 (これはどうだろう?)って思うことも多かったけど。
 それにさあ、喫茶店に行くとインベーダーゲームが置いてあったよねえ。 俺も随分と嵌まり込んだ。
あんまりにも流行るもんだからインベーダー禁止令が出たりしてねえ。 笑えるような笑えない話だよ。
 90年代に入ったら知らない間に消えちゃったけどね。 代わりに流行ったのが太鼓の達人かな?
ゲーセンはまだまだ元気だった。 ファミコンが出てきてスーパーマリオとかこれから出てきたんだけどね。
 Ufoキャッチャーとかレーシングゲームとか、嵌ったよなあ。 行楽地に行ったりすると腕相撲ゲームが置いてあったりする。
時々は腕を破壊されてたりしてねえ。 いやいや、それじゃあ遊べないじゃないか。
 ボードゲームもいろいろと流行ったもんだ。 オセロやダイヤモンドはいいとして、、、。
国旗の神経衰弱なんかも有ったよね。 燃えたのが生き残りゲームだ。
 所々に穴が空いてるレバーを動かして相手のボールを落とそうってやつ。 あれもね、慎重にやらないと自分のボールを落とすんだよなあ。
冷や汗だよ。 人生ゲームだってそうだけど。
 家族みんなで盛り上がったのは魚釣りゲームだったね。 やってることは単純なんだけど、、、。
本当にまああんなシンプルなゲームによくも嵌ったもんだ。 懐かしい時代だねえ。
 マスターはまだ弾き続けている。 俺はぼんやりと窓の外を見詰めている。
涼子が居たらどんなに楽しかっただろう? 海でも随分と泳いだよね。
 海水浴場は何処も満員だった。 海の家でのんびりして夕日が沈むのを二人で見ていたりして。
父さんたちは俺たちの邪魔にならないように砂浜で飲んでたっけな。 時々俺たちも砂浜に下りて波打ち際を走り回ったり泳いだり、、、。
 沖の方にはロープが張られていて先に行けないようになっていた。 足で探ってみたら急に深くなってたから驚いたよ。
でもさ、涼子が死んで以来、海には行かなくなった。 思い出してしまうから。
 雨が止んだようだ。 俺はまた金を払って店を出た。
雨上がりの道を歩いていく。 所々に水溜まりが出来ている。
 長靴じゃないから濡れちまってなんか気持ち悪い。 けっこう降ったんだなあ。
近頃はさあ嫌になるほど集中豪雨が多いよね。 なんとかならないのか?
 でも自然をコントロールしようなんて思わない。 人間の手には負えないよ。
まずコントロールするのは無理だね。 これまで無茶苦茶なことばかりやっといてさ。
 アスファルトで地面を埋めまくり、コンクリートで川を固めまくり、大きなビルばかり拵えてきたんだ。
そしてこちらの欲求に任せて山を壊し海を埋め立て川の流れを変えてきた。
そんな人間がこれからものんのんと生きていけると思うか? 俺は無理だと思う。
 少なくとも半減するくらいにまで人間は減らされる。 調子に乗って100億人にまで増やしたのはいいけれど。
日本だって人口は多過ぎる。 だから今は全世界的な人口減少期に入ってるんだよ。
 どんな対策を打ってみても減る物は減る。 神様から見れば「何を足掻いてるんだ?」ってことをやっても解決には程遠いよ。
だって巷では呆れ返るような殺人事件が増えてるじゃない。 大人だけじゃなく、新生児にまで。
 ってことはさ、人間自体が人口減少を進めてるってことだよ。 それに誰も気付いてないよね。
悍ましい時代だ。
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