先生の金魚
サヨちゃんが階段を下り切るまで足音を聴いていた。

遠ざかっていく足音。

サヨちゃんの部屋の窓から覗く真下はちょうど玄関の前だった。

もうすぐ十八時になる。
四月の夕方は少しだけ陽が長くなってきたけれど
遠くの空がオレンジ色に染まり始めている。

あのオレンジがこっちまで届く前に。

金魚と夕焼けが同化してしまう前に。

セーラー服の袖をまくって、
腕の関節辺りまで水槽の中に突っ込んだ。

きれいにしたばかりの水。
ひんやりと腕を撫でる。

金魚すくいのポイは脆くて一匹すくうだけでもあんなに難しいのに、
まるで金魚のほうからメグの手のひらに吸い付いてくるように、あっさりと一匹の金魚を捕まえた。

手のひらで持ち上げた金魚はピチピチと跳ねてほんの少しの水飛沫(みずしぶき)を散らす。

小さい体に見合った小さい鱗がちょっとだけチクッとする。
水からすくいあげた金魚は瞬く間にぬるくなっていく。
重さは少しも感じないのに
ぬめりを感じる。

気持ち悪い。

せんせーもサヨちゃんもこのぬめりみたいに執着してるのかな。

気持ち悪い。

そんなのは全部間違いなのに。

手のひらに乗せた金魚を窓の下に捨てた。

通行人は居なかった。

窓から見下ろす金魚は赤い、小さい点になった。

死んじゃったかどうかは判別できない。
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