🕊 平和への願い 🕊 【新編集版】  『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』にリスペクトを込めて。
「赤子よ、お前が生まれた日のことを教えてあげよう。
 1952年10月7日という日を覚えておきなさい。
 それがお前の生まれた日だからだ。
 場所はレニングラード。
 そのとき両親は共に41歳だった。
 お前は第三子だったが、二人の兄はこの世に存在していなかった。
 一人は生後わずか数か月で、もう一人はジフテリアに(かか)って天に召された。
 そのためお前は一人っ子として育つことになった。

 お前の家は貧乏だった。
 酷いアパートで暮らしていた。
 お湯も出ず、風呂もなく、ネズミが走り回るようなところだった。
 だから、家の中に居場所はなかった。
 通りに出て遊ぶしかなかった。

 しかし、そこは力が支配する世界だった。
 常にもめ事があり、つかみ合いの喧嘩(けんか)があり、最後に勝つのは力の強い者だった。
 弱い者は虐められるだけだった。

 そんな中、体が小さかったお前は通りで大きな顔をするためにはどうすればいいか考えた。
 考え続けた。
 その結果、格闘技を習得する必要があることに思い至った。
 一番になるにはそれしか道がなかったからだ。

 早速ボクシングを習い始めた。
 しかし、すぐに鼻を折られてしまって続けることができなくなった。

 次はサンボを習い始めたが、最終的に辿り着いた柔道こそが自分に合っていると確信した。
 相手の力を利用して投げ飛ばせる技の魅力に惚れ込んだのだ。
〈柔よく剛を制す〉という考え方は自分に合っているし、〈力こそが正義〉という環境の中で生き残っていくにはこれを習得するしかないと思い込んだのだ。

 ストリートファイトと柔道から学んだのは三つのことだった。
〈力が強くなければならない〉
〈何がなんでも勝つ〉
〈相手を徹底的にやっつける〉
 それは生涯を通じてお前の指針となった。

 そんなやんちゃな子供時代を過ごしたお前だったが、中学以降は打って変わって猛勉強を始め、遂には40倍という超難関のレニングラード大学法学部に入学した。
 それには理由があった。
 情報機関で働くという幼い頃からの夢を叶えるためには法学部への進学がどうしても必要だったのだ。
 子供の頃に映画や小説に影響を受けてスパイという特別な存在に憧れを持ったお前は、それを実現するためにはどうしたらいいか知りたくなり、思い切ってKGBの支部を訪ねた。
 すると、法学部が有利だと担当職員が教えてくれた。
 それをずっと忘れないでいたのだ。

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