騙すなら墓場まで
やっとのことで伊月さんに挨拶して、早々に自分の部屋に引っ込んでしまった。これ以上彼の側にいたら身体中が茹だって蒸発するんじゃないか、と半分くらい本気で考えたからだ。
そんな記憶も、今はもうただ微笑ましくて懐かしい。
思い出に耽っていた私は、乱暴な足音に現実へと引き戻された。部屋の外から何人もの足音が近づいてくる。急病人でも出てしまった? それとも機材トラブルとか?
気になったけど、スタッフさんは打ち合わせのために席を外してる。自分で確かめようと真っ白なドアをそっと開けた。
「お嬢様!」
土門さん──会社の顧問弁護士さん──が髪を振り乱して駆け寄ってきた。眼鏡がズレて斜めになっている。
「土門さん、どうしたんですか?」
備え付けの冷蔵庫にあった新しいミネラルウォーターを渡そうとした。土門さんは顔の前で手を振って「大丈夫です」と呼吸を急いで整えた。