離婚した元旦那様、恥ずかしいので心の中でだけ私を溺愛するのはやめてください、全て聞こえています。
☆☆☆
湊斗の心の声が、朧に聞こえなかったのは、人間嫌いの彼の、ささやかな抵抗だった。
自分の心の内、嘘偽りのない本音を他人にさらけ出すことに、抵抗があったのだ。
だから、意識的に、心が読める朧の前では、何も考えないようにし、心を空っぽにした。
しかし、異能『千里眼』を駆使して遠くから朧を見守っていた頃は抑えていた感情が、いざ朧を目の前にした途端、堰を切ったように溢れ出して止まらなくなった。
最初は、朧の記憶を覗き見て、同情心が湧いたのだと思っていた。
時が経つにつれ、健気に自分の妻になるべく努力を欠かさない朧に、感じたことのない気持ちを抱くようになった。
それが愛情なのだと、湊斗はしばらく気づかなかった。
こんなに朧のことを愛していたのかと、湊斗自身も驚くほどだ。
ただ、感情を直接言葉にかえて気持ちを告げることは、人を好きになった経験がない湊斗には至難の業であった。
素直になれず、つい素っ気ない態度を取ってしまう。
朧への接し方がわからず、屋敷に戻る道すがら、湊斗は思い悩んでいた。
☆☆☆
湊斗によって、離れに匿われて数日。
日中は、湊斗から事情を知らされたみゆきが富子と定国に気づかれないよう食事を運んでくれていた。
夜になると、湊斗は離れを訪れては、朧を困らせていた。
離れにやってくるなりシャワーを浴びて、濡れ髪のまま出てくると、ドライヤーを朧に渡す。
そして、ぶっきらぼうにこう言うのだ。
「妻なんだから、亭主の髪くらい乾かせ」と。
浴衣姿のまま、畳にどかっと座り込んだ湊斗の長い黒髪を、朧は言われるがまま乾かしてやる。
《愛しの朧に髪を乾かしてもらえる日がくるなんて、俺はとことん幸せ者だな》
湊斗に何かしてやるたびにだだ洩れてくる心の声を、朧は聞き流すようにしていた。
湊斗と同じく、愛情表現を知らない朧もまた、湊斗との接し方に悩んでいた。
風呂のあと、湊斗が目を輝かせて朧の髪を乾かすと言ってきた時など、最初は非常に戸惑った。
《良い香りがするな。
髪もこんなにつやつやで。
まるで絹のようだ。
好きな女の髪に触れることが、こんなにも心地良いものだとは知らなかった》
聞こえてくる心の声を無視し、湊斗にドライヤーの熱風を当てられながら、朧も、心が安らいでいることを感じていた。
少しくすぐったくて、心地良い、慈愛に満ちた湊斗の手の感触。
言葉数こそ少ないが、穏やかな時間にふたりは身を委ねていた。
朧の湊斗への思いも、湊斗の心の声を聞くたびに高まっていく。
湊斗の存在が、どんどん大きくなっていく。
『好き』になっていく。
しかし、とも思う。
自分と湊斗は、離婚した身だ。
このまま彼を好きになっても、いいものなのだろうか。
仮に彼との仲が進展しても、再び結婚することは、湊斗の両親が許さないだろう。
これが『禁断の恋』というやつだろうか。
その言葉の響きに、何だか背徳感を感じるが、それに反して胸が高鳴るのも事実で、鼓動が速くなる。
そんな温かい気持ちに、じわじわと浸っている中、ある夜、朧は衝撃に身体を固まらせていた。
ベッドに、湊斗が横になっていたのだ。
「……あ、あの……」
困惑する朧に、湊斗はいつものぶっきらぼうな態度で事もなげに告げる。
「早くベッドに入れ。寝るぞ」
「え……。一緒に寝るって、ことですか?」
「当たり前だろ。
お前は俺の抱きまくらなんだからな」
「だ、抱きまくらって……」
《もういっときも離れたくない。
ずっと一緒にいたい。
誰にも渡さない、邪魔させない。
朧のぬくもりを感じて良いのは俺だけだ。
愛しい俺の朧》
朧への愛を叫ぶ湊斗の盛大な心の声が、朧に激突しそうなほどの質量を持って流れ込んでくる。
朧は思わず苦笑しながら、ベッドに足を突っ込む。
「あの、前から言いたかったんですけど……。
湊斗さん、絶対わざとですよね?
わかってますよね、心の声がわたしに聞こえてるって。
わかってて、そういうこと、思ってますよね?」
湊斗は無表情を崩さない。
「『そういうこと』とは?」
「それは、その……。
『好き』だとか『愛しい』だとか……」
改めて自分の口から言うと、恥ずかしくてたまらない。
《照れてる顔も可愛いな》
「今、わざと、わたしに恥ずかしいこと言わせて楽しんでますよね。
意地悪です、湊斗さん」
ぷくう、と頬を膨らませて顔を赤くした朧を、ベッドの中に引き込むと、湊斗は朧の手を握った。
《愛しているよ、朧。
絶対に離さない。
俺の心は、永遠にお前のものだ。
誓おう、永遠の愛を》
朧は、耳まで真っ赤に染めると、顔を背ける。
「だから、聞こえてますって!
やめてください、恥ずかしいですから!」
朧は手を離そうとする。
湊斗はそれを許さない。
こんなにドキドキしていたら眠れる気がしない。
そう言おうと湊斗を見ると、目が合った。
「……駄目か?」
朧は心の中で地団駄を踏む。
か、可愛い……。
なんて綺麗な顔なんだろう。
そんな捨てられた子犬みたいな顔で言われたら、断れるはずがないではないか。
いつも仏頂面な湊斗に、すがるようなこんな顔をされたら、なけなしの母性本能がくすぐられて、湊斗を拒絶することができなくなる。
「だ、駄目じゃないです……」
《やったー!
朧と一緒に寝られる!
またひとつ夢が叶った。
ますます好きだ、朧》
「だから、やめてくださいって!
恥ずかしくて寝られませんよ、わたし……」
嘆きつつも、もはや朧は笑うしかなかった。
狭いベッドで、身体を寄せ合い、手を繋ぎながら、ふたりは夜を過ごした。
温かなぬくもりに包まれて、緊張も忘れ、朧は心地良い浮遊感の中で眠りに落ちた。
寝息をたてる朧を眺める湊斗は、唇の端をわずかに引き上げ、不器用に微笑んだ。
湊斗の心の声が、朧に聞こえなかったのは、人間嫌いの彼の、ささやかな抵抗だった。
自分の心の内、嘘偽りのない本音を他人にさらけ出すことに、抵抗があったのだ。
だから、意識的に、心が読める朧の前では、何も考えないようにし、心を空っぽにした。
しかし、異能『千里眼』を駆使して遠くから朧を見守っていた頃は抑えていた感情が、いざ朧を目の前にした途端、堰を切ったように溢れ出して止まらなくなった。
最初は、朧の記憶を覗き見て、同情心が湧いたのだと思っていた。
時が経つにつれ、健気に自分の妻になるべく努力を欠かさない朧に、感じたことのない気持ちを抱くようになった。
それが愛情なのだと、湊斗はしばらく気づかなかった。
こんなに朧のことを愛していたのかと、湊斗自身も驚くほどだ。
ただ、感情を直接言葉にかえて気持ちを告げることは、人を好きになった経験がない湊斗には至難の業であった。
素直になれず、つい素っ気ない態度を取ってしまう。
朧への接し方がわからず、屋敷に戻る道すがら、湊斗は思い悩んでいた。
☆☆☆
湊斗によって、離れに匿われて数日。
日中は、湊斗から事情を知らされたみゆきが富子と定国に気づかれないよう食事を運んでくれていた。
夜になると、湊斗は離れを訪れては、朧を困らせていた。
離れにやってくるなりシャワーを浴びて、濡れ髪のまま出てくると、ドライヤーを朧に渡す。
そして、ぶっきらぼうにこう言うのだ。
「妻なんだから、亭主の髪くらい乾かせ」と。
浴衣姿のまま、畳にどかっと座り込んだ湊斗の長い黒髪を、朧は言われるがまま乾かしてやる。
《愛しの朧に髪を乾かしてもらえる日がくるなんて、俺はとことん幸せ者だな》
湊斗に何かしてやるたびにだだ洩れてくる心の声を、朧は聞き流すようにしていた。
湊斗と同じく、愛情表現を知らない朧もまた、湊斗との接し方に悩んでいた。
風呂のあと、湊斗が目を輝かせて朧の髪を乾かすと言ってきた時など、最初は非常に戸惑った。
《良い香りがするな。
髪もこんなにつやつやで。
まるで絹のようだ。
好きな女の髪に触れることが、こんなにも心地良いものだとは知らなかった》
聞こえてくる心の声を無視し、湊斗にドライヤーの熱風を当てられながら、朧も、心が安らいでいることを感じていた。
少しくすぐったくて、心地良い、慈愛に満ちた湊斗の手の感触。
言葉数こそ少ないが、穏やかな時間にふたりは身を委ねていた。
朧の湊斗への思いも、湊斗の心の声を聞くたびに高まっていく。
湊斗の存在が、どんどん大きくなっていく。
『好き』になっていく。
しかし、とも思う。
自分と湊斗は、離婚した身だ。
このまま彼を好きになっても、いいものなのだろうか。
仮に彼との仲が進展しても、再び結婚することは、湊斗の両親が許さないだろう。
これが『禁断の恋』というやつだろうか。
その言葉の響きに、何だか背徳感を感じるが、それに反して胸が高鳴るのも事実で、鼓動が速くなる。
そんな温かい気持ちに、じわじわと浸っている中、ある夜、朧は衝撃に身体を固まらせていた。
ベッドに、湊斗が横になっていたのだ。
「……あ、あの……」
困惑する朧に、湊斗はいつものぶっきらぼうな態度で事もなげに告げる。
「早くベッドに入れ。寝るぞ」
「え……。一緒に寝るって、ことですか?」
「当たり前だろ。
お前は俺の抱きまくらなんだからな」
「だ、抱きまくらって……」
《もういっときも離れたくない。
ずっと一緒にいたい。
誰にも渡さない、邪魔させない。
朧のぬくもりを感じて良いのは俺だけだ。
愛しい俺の朧》
朧への愛を叫ぶ湊斗の盛大な心の声が、朧に激突しそうなほどの質量を持って流れ込んでくる。
朧は思わず苦笑しながら、ベッドに足を突っ込む。
「あの、前から言いたかったんですけど……。
湊斗さん、絶対わざとですよね?
わかってますよね、心の声がわたしに聞こえてるって。
わかってて、そういうこと、思ってますよね?」
湊斗は無表情を崩さない。
「『そういうこと』とは?」
「それは、その……。
『好き』だとか『愛しい』だとか……」
改めて自分の口から言うと、恥ずかしくてたまらない。
《照れてる顔も可愛いな》
「今、わざと、わたしに恥ずかしいこと言わせて楽しんでますよね。
意地悪です、湊斗さん」
ぷくう、と頬を膨らませて顔を赤くした朧を、ベッドの中に引き込むと、湊斗は朧の手を握った。
《愛しているよ、朧。
絶対に離さない。
俺の心は、永遠にお前のものだ。
誓おう、永遠の愛を》
朧は、耳まで真っ赤に染めると、顔を背ける。
「だから、聞こえてますって!
やめてください、恥ずかしいですから!」
朧は手を離そうとする。
湊斗はそれを許さない。
こんなにドキドキしていたら眠れる気がしない。
そう言おうと湊斗を見ると、目が合った。
「……駄目か?」
朧は心の中で地団駄を踏む。
か、可愛い……。
なんて綺麗な顔なんだろう。
そんな捨てられた子犬みたいな顔で言われたら、断れるはずがないではないか。
いつも仏頂面な湊斗に、すがるようなこんな顔をされたら、なけなしの母性本能がくすぐられて、湊斗を拒絶することができなくなる。
「だ、駄目じゃないです……」
《やったー!
朧と一緒に寝られる!
またひとつ夢が叶った。
ますます好きだ、朧》
「だから、やめてくださいって!
恥ずかしくて寝られませんよ、わたし……」
嘆きつつも、もはや朧は笑うしかなかった。
狭いベッドで、身体を寄せ合い、手を繋ぎながら、ふたりは夜を過ごした。
温かなぬくもりに包まれて、緊張も忘れ、朧は心地良い浮遊感の中で眠りに落ちた。
寝息をたてる朧を眺める湊斗は、唇の端をわずかに引き上げ、不器用に微笑んだ。