獣人の里に流れ着きましたが、夫の番犬ぶりのおかげで穏やかな日々です。

12 お兄さまの番い

 ラウルが警護所に呼び出されて行ったのは、夜もとっぷりと更けた頃。
 ミカは例の警護所のお客さんのところかなと思って待っていたら、一刻ほど後、ラウルは渋面を作ってミカのところに戻ってきた。
「すまん、ミカ。手を貸してほしい」
 ラウルは家事も仕事も自分一人でやってしまう人だから、ミカに頼むことはとても珍しい。ミカはすぐにうなずいて、足早にラウルの後をついて行った。
 警護所は物々しく松明の灯りがともっていて、夜も遅いのにみんな起きているようだった。ミカは緊張しながら警護所の中に入って、ラウルが開けた扉をくぐった。
 そこは休憩室らしく、赤毛の獣人ルツが見張りのように入口付近に立っていた。けれど彼もまた困り切った顔で、助けを求めるようにラウルを振り向く。
 ルツがちらちらと目線を送る先、部屋の隅に子どもの獣人がうずくまっていた。年は十歳ほどで、華奢な手足、ふわふわの綿毛のような銀髪と、つぶらな青い澄んだ目をしていた。
 ミカはこくんと息を呑んでつぶやく。
「か、かわいい……!」
 それは無条件で守りたくなってしまう、そんな儚い空気をまとう子だった。ふるふると震えて、にじんだ目を揺らしているのも、雨の中で捨てられた子犬を思わせた。
「でも、この子……」
「……ラウルさんの妹さんなんです」
 ルツがそっと言葉を挟む。ミカは大きくうなずいて言った。
「やっぱり! よく似ていると思いました。……あ、妹って、確か」
 ミカが獣人について聞いた話を思い出していると、ラウルが答えてくれる。
「獣人は女性がめったに生まれない。だから、妹は……メルは、隠されたように育ったんだ」
「……ぁ」
 ラウルが妹の元に歩み寄ろうとすると、彼女は怯えたように身を縮こまらせた。
 ラウルはその変化に気づいて足を止めると、痛ましそうに顔を歪める。
「俺が実家を離れた間に、弟がメルを手酷く扱ったみたいでな。何とかこの警護所まで逃げてきたんだが、獣人の男が近づくだけで怯えるようになった」
「そんな……お兄さんなのに」
 ミカも哀しくなって、おずおずとメルに近づく。
「メルさん、大丈夫ですよ。ラウルさんは暴力を振るったりしません。来たばかりの私にも優しい人なんですから、ずっと長いこと一緒にいたメルさんならなおさらです」
 ミカはこれ以上メルを怯えさせないようにゆっくりと近づいた。ふいに、すん、とメルの小さな鼻が動く。
「……お兄さまと同じ、匂い?」
 メルの瞳に柔らかい光が宿る。ミカはくすぐったそうに微笑んでうなずいた。
「ちょっと照れますね。同じ匂いがしますか? ……はじめまして、私はラウルさんの番い、なんだそうです」
 ミカが途中から恥ずかしくなって早口になると、メルは涙目のまま手を伸ばした。
「お兄さまの番い。じゃあ……お姉さま……!」
「わっ」
 メルはきゅっとミカの懐にしがみつく。そのまますんすんと泣き始める。
 ミカはその小さな背中を撫でながら、そっと言葉をかける。
「よしよし、怖かったですね……。もう大丈夫ですよ。よかったらしばらく、私たちのところに来ますか?」
「ミカ、いいのか?」
 様子を見守っていたラウルが心配そうに声を上げる。ミカはうなずいて言った。
「私は全然構いません。ふるさとにいた頃は、家に帰れない子たちと身を寄せ合ってました。ラウルさんがよければ、迎え入れてあげてほしいです」
「ミカ……」
 ラウルは泣き笑いの顔になって、そっとミカの肩に手を置く。
「……ミカが俺の番いで本当によかった。その優しさに甘えていいだろうか? 妹は獣人の女というだけで、とても生きづらい生活を強いられてきたから」
「私もラウルさんが夫でよかったです。家族に優しい人が夫でよかった」
 ミカもほっこりして、ラウルの手の温もりに頬を寄せる。
 メルはミカの腕の中が心地いいのか、子犬のようにしゅんしゅんとミカの匂いを嗅いでいた。ミカはそれにくすぐったい思いがしながら、メルを長いこと包んでいた。
 かわいい……抱っこしてみてもいいかな。ミカがそう思いながら、でもこれからの生活のことをラウルと話し合うのが先かもと苦笑したとき。
「こんなところに隠していたか。道理でみつからないはずだ」
 不遜な声が割って入って、場に緊張が走る。
 ミカとメルを庇うようにラウルが立つ。彼の背中ごしに、虎獣人のジオスが腕組みをして立っていた。
「こちらに渡してもらおう。本来、獣人の女性は生まれたときに保護される。……いずれ王侯貴族の子を産むために」
 ジオスが投げかけた言葉に、ミカはごくりと息を呑んだ。
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