「ちょ、俺が救世主!?」~転生商人のおかしな快進撃~

188. 巨大な赤い目

「クハハハハ! 凄い! 凄いぞぉ!! この大いなる力、膨大な知識……全てが私のものだ! はーっはっはっは!」

 シアンの不気味な笑い声に誘われるように意識が戻ってきた。

「くっ! こ、ここは……?」

 暗闇に包まれ焦る俺。だが、上を見上げて圧倒された。そこには壮大な天の川が雄大に流れていた。無数の星々が(またた)き、神秘的な光の帯が宇宙を()くように横たわっている。

 どうやら俺たちはホールごといきなり宇宙へと転送されたらしい。いきなりの展開に現実感のない、まるで夢を見ているような感覚に襲われる。

 ただ――――、最悪な事態が進行していることは間違いない。世界の秩序を司る大天使が、敵の手に落ちたのだから。その事実が、宇宙の冷気(れいき)よりも冷たく心を()め付ける。

 ホールはゆっくりと回転しており、向こう側から何かが見えてくる。不気味(ぶきみ)な赤茶色の光が、崩れたホールの壁から顔を覗かせてきた。その光は(おだ)やかでありながら、底知(そこし)れぬ威圧感(いあつかん)を放っている。

 だんだんと見えてきた赤茶色の巨大な球体……そこに走る精緻な横じま模様――――、それは見まごうことのない木星だった。そう、俺たちはホールごと木星に飛ばされたのだ。

 俺は唖然(あぜん)とした。一体これから何が起こるのか……。ブルブルッと体が震えてしまう。

 太陽系第五惑星、木星。それは地球の千三百倍のサイズをほこる太陽系最大の惑星だ。やがて見えてくる巨大な目のような真っ赤で大きな渦――――【大赤斑】。その地球よりも大きな渦の存在感は圧倒的で、まるで生きた神のような威容(いよう)を放っている。

「はーっはっはっは! 素晴らしい! 実に素晴らしいぞ! この宇宙、この全てが私のものだ!」

 シアンは狂ったように叫ぶ。その声は虚空に響き、不気味な反響(はんきょう)を生み出す。

 この笑い方……、ヌチ・ギだ。ヌチ・ギがシアンを乗っ取ったのだ。きっとあのビキニアーマーの子の中の意識領域にヌチ・ギは自分のバックアップを残していたに違いない。そして、シアンが近づいてきたので意識を奪ったのだ。何という抜け目なさ。本当に嫌な奴だ。

 考えうる限り最悪の展開――――。シアンは宇宙最強。それを乗っ取ったヌチ・ギはこの宇宙を滅ぼす事すらできてしまう。もはや止められる者などこの宇宙に誰もいない。その事実が胸に重くのしかかる。

 皆、言葉を失い、お互いの顔を見合わすばかり。恐怖と絶望に押し潰されそうな重い沈黙が流れる。

「さて……、諸君! とんでもない事をしてくれたな……。まず、お前だ!」

 シアンはレヴィアをにらむと、腕をカメレオンの舌のようにぐぅっと伸ばし、一気にレヴィアの胸ぐらをつかんだ。

「ぐはっ! 止めろ!!」

 おかっぱ頭の少女は何とか逃げようともがくが(あらが)えない。ものすごい怪力を発しているはずなのに宇宙最強には全く歯が立たなかった。

「ロリババア! お前は許さん! このヌチ・ギ様に逆らった報いを受けるのだ!」

 いやらしい笑みをこぼしながらレヴィアの身体を高々と持ち上げるヌチ・ギ。その腕から漆黒の闇が(こぼ)れだし、レヴィアの体を包み込んでいく。

「止めろ! 何するんじゃ! 放せ――――!」

「あばよ!」

 直後、レヴィアが壊れたTVの映像みたいに、四角いブロックノイズに包まれていく――――。

「うぎゃぁぁぁ! 助けて……、誰か……!」

 悲痛なレヴィアの声がホールに響き渡った。その声には、千年の管理者の威厳(いげん)も尊厳も消え失せ、ただ純粋な恐怖だけが伝わってくる。

 何とかしてあげたいがどうしようもない。俺はうつむき、ギュッとこぶしを握ることしかできなかった。俺の無力さが、(のど)の奥に苦い味を残す。

 やがて、四角いノイズ群はどんどんとレヴィアを覆い……、消えてしまった――――。

 最後にかすかな悲鳴を残し、レヴィアの存在が虚空(こくう)に溶けていった。

 いきなり始まった凄惨なリンチに俺たちは戦慄を覚え、固まって動けなくなる。きっとヌチ・ギは俺たちを許さないだろう。恐怖が体を(しば)り付け、息をすることさえ忘れそうになる。

 静まり返ったホールの上を、巨大な木星がゆっくりと動いていく。その威容(いよう)は変わらず、宇宙の光景は悠久(ゆうきゅう)の時を刻み続けている。まるで今起きた恐ろしい出来事など眼中にないかのように――――。


       ◇


「次に、ヴィーナ! お前だ!」

 ヌチ・ギはシアンの碧眼でヴィーナをにらみつける。その目には憎悪(ぞうお)と共に、(よこしま)な欲望が宿っていた。

 ヴィーナは無言でジッとシアンを見つめる。その瞳には恐怖の色はなく、ただ静謐(せいひつ)な決意だけが映っていた。

「今まで散々かわいがってくれたなぁ! ご主人様面して! おい!」

 ヌチ・ギは腕を伸ばし、ヴィーナの腕をつかんだ。そのつかんだ指先から黒い(きり)のようなものが(にじ)み出し、ヴィーナの肌に(から)みつく。

 ヴィーナは顔をしかめる。

「どうだ? 振りほどくこともできんだろう。くっくっく……」

 いやらしく笑うヌチ・ギ。

 ヴィーナはただ口をキュッと結び、ヌチ・ギをにらむばかりだった。

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