傷心女子は極上ライフセーバーの蜜愛で甘くとろける
 車を降りた凪は警戒しながら夏目の後ろを歩いていた。どこへ連れて行かれるかと思ったら、夏目が向かったのはなぜかリゾート内にあるプールだった。
 
 夏休みがちょうど始まったばかりとあって、屋内プールは凪が最初に訪れた二週間前よりもさらに多くの人で賑わっていた。
 
 全面ガラス張りの室内は夏の太陽と人の熱気でムワッとしている。プールサイドに置かれたビーチチェアは全て埋まっていて、飲んだり食べたりみんな一様に楽しそう。
 
 服のまま足早にプールサイドを歩く凪たちを、周囲の客は怪訝そうに見つめている。凪はともかく、ビッチリ黒スーツの夏目は明らかに異質なので無理もない。

 凪が居心地悪く背中を丸めて歩く中、夏目の足取りは堂々としたものだ。迷うことなく突き進んでいる。……心臓が鋼でできているんだろうか。

「どこに行くんですか?」
「ああ、いましたね」

 ガラスの自動ドアをくぐり、屋外ゾーンへと向かう。
 少し歩いたところで夏目が唐突に足を止めた。
 
 目の前には高くそびえる飛び込み台とダイビングプール。不思議に思って夏目の背後から前方を覗くと、ダイビングプールを囲う柵のそばに、黒い競泳パンツを身につけた漣が腕組みをして立っているのが見えた。その表情はどこか険しい。
 凪の心臓がドキリと音を立てる。

「漣、連れてきたぞ」

 夏目の低い声は、賑やかなプールでもはっきりと響いた。
 弾かれたように、漣が面を上げる。凪を見るや、彼はクシャリと顔を歪めて笑った。

「待ってた」
「漣、あの、私……」
「今から凪に俺の覚悟を見せるから」
「覚悟……?」
「そ。俺がずっと凪のことを好きでいる覚悟」

 気負うでもなくサラリと言ってのけた漣は、そのまま飛び込み台の階段を登っていく。

 覚悟ってもしかして……。
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