傷心女子は極上ライフセーバーの蜜愛で甘くとろける
「漣にこんなキザなところがあるとは意外でしたねぇ。飛び込んで愛の告白とは……」

 飛び込み台の頂点へと登っていく漣を見上げながら、夏目が薄く笑った。秘書という割に、漣への態度に敬意は全く感じられない。プライベートでは友人関係なんだろうか。
 いや、今はそのことよりも――

「漣って飛び込みもできるんですか?」

 飛び込み台の頂点は地上から十メートルくらいの高さだろうか。そんなところから飛び降りれば、いくら水があるとはいえ怪我をしてもおかしくない。
 恐る恐る訊ねてみると、夏目は平然とした様子で「さあ、どうでしょう?」と首を傾げた。

「高校生の時に気まぐれで飛び込み教室に通ってましたから、まったくの未経験ってことはないですよ。ただ、その時はもう二度とやらないとは言っていました」
「え……?」
「あの高さから生身で飛び降りるわけですから、恐怖を覚えるのも無理はないでしょう?ああ、そうそう。それ以来、漣は展望台の類に行こうとしないですし、飛行機も頑なに窓側を避けていますよ」

 夏目は肩を震わせて笑っているが、笑いごとではない。
 
「それって高所恐怖症なんじゃないですか?!」

 驚愕の事実を伝えられ、凪は絶句する。
 見上げた先では、漣がもう頂上近くまで階段を登っていた。

 心臓の拍動が痛い。目元に力を込めていないと涙が滲んでしまいそう。

 飛び込みを行うのでダイビングプールに入らないよう、すぐそばで監視員が周囲の客に呼びかけている。その呼びかけにつられて、ダイビングプールの周辺には人だかりができ始めていた。

 十メートルの飛び込み台に、漣が立った。
 ダイビングプールを見張っていた監視員が鋭く笛を吹く。一直線に空を飛ぶ笛の音が、周囲のざわめきを一瞬にして消し去った。

 やにわに呼吸が浅くなる。息苦しさを覚えて、凪は手で胸を押さえた。
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