『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
女
今日も朝がやって来た。こんなわたしにも朝がやって来た。大きく背伸びをして、窓のカーテンを開けると、雲間から朝陽が射していた。夜に降った雨で出来た水たまりがキラキラと輝き、降り立った雀が水面にくちばしを付けていた。可愛くて暫く見惚れていると、なんかちょっぴり幸せな気分になった。
テレビを付けると、戦争のニュースが飛び込んできた。飢えと病気に苦しんでいる難民の姿が映し出されていたが、それはすぐに太鼓腹を突き出した独裁者の前を筋肉隆々で行進する軍隊の映像に変わった。強者はより強者に、弱者はより弱者になっていた。
それが終わると経済のニュースになり、貧富の差が拡大していると声高に叫ぶアナウンサーの顔がアップになった。でも、それは高給取りの顔だった。
あなたに貧しい人の気持ちがわかるの?
女は思わず毒づいた。
世の中は不平等だ。富める人は益々富み、貧しい人は更に貧しくなっていく。当たり前のようにチャンスを与えられた人はどんどん出世していき、一度もチャンスを与えられない人は地面を這いずり回るしかない。世の中は本当に不平等だ。
でも、朝は違う。朝は皆に平等に来る。金持ちにも貧乏人にも、社長にもパート社員にも、どんな境遇の人にも1年に365回朝はやってくる。金持ちだからといって500回やってくることはない。
朝だけではない。朝の天気もそうだ。誰も差別しない。晴れも曇りも雨も等しく同じにやってくる。金持ちの朝は雲一つない晴天で、貧乏人の朝は土砂降りの雨ということはない。同じ地域に住んでいれば同じ天気なのだ。
今日も朝がやって来た。こんなわたしにもやって来た。元気を出して、朝のバイトに出かけよう。それが終わったら、夕方から二つ目の仕事に取り掛かろう。ホテルのカフェラウンジでピアノを弾く仕事に。