『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
 お金を払って、オーディオ機器をバックパックに入れて店を出ようとしたら、呼び止めるような声が聞こえてきました。
 振り返ると二人が後ろにいましたが、彼らの声ではありませんでした。
 とっさに辺りを見回しました。
 でも、二人以外は誰もいませんでした。
 空耳だと思って歩き出すと、また声が聞こえました。
 左の方からのようでした。
 視線を向けると、オレンジ色の円筒状になった袋がわたしを見ていました。
 寝袋でした。
 税込み1,995円でした。
 プライスカードの下の説明文には、『ピローが付いて、丸洗いOK、マイナス10度までの防寒仕様』と記されていました。
 その途端、目が離せなくなりました。
 今日も椅子に座ってテーブルに(うつぶ)して寝ることを想像すると、〈冗談じゃない〉という気持ちが沸き起こってきました。
 反射的に寝袋を手に取り、それを二人に差し出しました。
 すると一瞬驚いたような顔になりましたが、「中を確認しますね」と言って、レジカウンターで検品を始めました。
 数か所傷があるようでしたが、「機能的には問題ないと思います」と太鼓判を押してくれました。
 そして、床にシートを敷いて、その上に寝袋を広げてから、畳み方を教えてくれました。
「半分にして、更に二つ折りにして、膝で押さえながらギュッと巻いていけば簡単に畳めますよ」と言って、袋の中にすぽっと入れ込みました。
「簡単でしょ。やってみますか?」と勧められましたが、「家でやってみます」と言って、筒状になった袋を受け取りました。
 二千円を渡すと、百円玉が返ってきました。
 いくつか傷があったのでその分差し引いてくれたようでした。
 バックパックに入れようとしましたが、とても入りそうにないので、手に持って帰ることにしました。
 
「また遊びに来てください」
 二人が笑顔で見送ってくれました。
〈買いに来てください〉ではなく〈遊びに来てください〉という言葉に親近感を覚えたので、次はブラッと立ち寄ってみようと思いました。

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