『後姿のピアニスト』 ~辛くて、切なくて、 でも、明日への希望に満ちていた~ 【新編集版】
ホテルに戻って、写真をパソコンに取り込んだ。なかなかの出来栄えだ。和商市場の外観、市場内の通路に溢れる人の波、鮮魚店の店頭に並ぶ鮮度抜群の魚介類、勝手丼を作るために丼を持って店を回る人たち、男が作った勝手丼、アングルとピントが最高に決まっている。我ながらアッパレと自画自賛した。
よし、OK。会社に送信後、社員に指示を出して、早速その写真をホームページにアップした。時間とお金に余裕のある退職世代は気に入ったらすぐに予約してくれるから、どんどん新たな情報をアップしなければならない。何人かでも食い付いてくれるようにと祈って、パソコンの画面に向かって手を合わせた。
*
パソコンを閉じて、次の仕事に取り掛かった。
向かったのは、観光案内所だった。
JR釧路駅の旅行センターの横に赤い看板が見えた。iのマークと釧路市観光案内所の文字が白抜きになって目立っている。
中に入ると、髪の長い素敵な女性が応対してくれた。2年前に寄った時とは違う女性だったので、また新しい情報を手に入れることができるかもしれないと期待が高まった。
男は身分を明かした上で、来店の目的を話した。釧路市の観光促進に少しでも役に立ちたいというのが一点、だからこそ、観光客にほとんど知られていない穴場を知りたいというのがもう一点で、協力していただけるとありがたいと告げた。
すると、「そうですね~」と何かを探すように視線を遠くに投げたその女性の眉が少し八の字になったが、すぐに笑みを浮かべて、『釧路湿原のタンチョウヅル』や『SL冬の湿原号』といったお決まりの観光コースを口にした。しかし、それは既に紹介済みだったので、もっとニッチな穴場がないかと男は再度尋ねた。現地の人しか知らない穴場が知りたかったからだ。
すると、彼女はしばらく悩んで、また八の字眉になってうつむいたが、そうだ! というふうに手を合わせるようにして、男に視線を戻した。
「『カヌー体験ツアー』ってどうでしょう?」
「カヌーですか? 真冬にカヌー?」
男は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「そうなんです。釧路川をゆっくりとカヌーで下るのですが、時には霧氷、時にはフロストフラワー、時にはダイヤモンドダストなどが楽しめるんです。とても幻想的ですよ。それに、野生の動物に出会えるかもしれませんし、滅多に経験できないツアーだと思います」
「野生の動物というのは?」
「はい。先ほどもお話ししましたが、タンチョウヅルがいますし、運が良ければエゾシカに会える可能性もあります」
エゾシカか~、
雪原を歩く見事な角を持ったオスのエゾシカを思い浮かべていると、心はいきなりモンタナの雪原に飛んだ。ヘラジカと雪の精に出会った憧れの地へ。
「もしかして雪の精に会えるかな~」
思わず声が出てしまったが、彼女は怪訝な表情を見せることもなくフッと笑った。
「ダイヤモンドダストの馬車に乗ってやってくるかもしれませんね」
夢見るような声を出した。