君が嘘に消えてしまう前に


「というか、明日からだな。合唱も合わせての全体練習」

ふと会話が途切れた時、
隣で瀬川が思い出したようにそうつぶやいた。

その言葉に、わたしの心臓が大きく鳴った。

「…そう、だね」

少しぎこちなくなる口調を自覚しながら、あいまいに頷き返す。


…いよいよ明日から全員の前でピアノを弾くことになる。


そう考えた途端、一年前の記憶がよぎった。


―――やっぱり、怖い。


「菜乃花?」


心配げな瀬川の声で意識が引き戻される。
気づかないうちに視線が下がっていたみたいだ。


「…ちょっと緊張しちゃって」


何でもない風を装ってそういったけれど、彼の降りる駅に着いて電車を降りるまで瀬川の顔は険しいままだった。

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