君が嘘に消えてしまう前に
外れたメロディラインに、各パートごとに点でバラバラな声量。

そして私の、機械的な演奏。


私たちのクラスの合唱祭は、目に見えて失敗していた。破綻していた。




「…だから、ごめん。多分その時の癖が抜けてないんだよね。それに…去年クラス同じだった子も何人かいるし、やっぱりちょっと怖くて」

本当は、ちょっとどころじゃなくて本当に怖い。

さっきもクラス中の視線が集まって、心臓が握りつぶされるようだった。

けど、これは私個人の問題で。
私の事情で瀬川含めクラスメートたちに迷惑をかけていることには変わりない。


「ならやるなよ、って話だよね……。ごめん、今さらこんなこと言って」


瀬川は黙ったままだった。


やっぱり、今更こんなこと言ってあきれられてしまったんだ。
...せっかく今まで、隠してきたのに。


「…謝ることなんてなにもないだろ。少なくとも俺は、あの日引き受けてくれて本当に助かった」


ぽん、と軽く肩に手が載せられる。

彼が触れた方から、じわりと緊張が解けていく。
うつむき気味だった私の視界の中に、少しかがんだ瀬川の姿が映った。

「だから、ありがとう」
「...、うん」


そのたった一言で、これまでの私が少し救われた気がした。

そのまま瀬川は、軽く私の手を引いた。


「...なに?」

「気分転換」

そういった瀬川が軽く私の手をもう一度引く。
私がピアノの椅子からゆるゆると立ち上がるのを待って、瀬川は手を取ったまま歩を進めた。

彼は、音楽室の窓にたどり着くと、そのうちの一つの窓を開け放った。
まだ肌寒い風をうけ、頬が粟立つ。
冷たい空気を灰に取り込めば、さっきまでの息苦しさがましになる。
瀬川に手を引かれるまま開け放たれた音楽室の窓から遠くの街並みを眺める。


「…伴奏者ってさ、損な役回りじゃん」


ふと隣で遠くに視線を投げていた瀬川がそうつぶやいた。


「放課後も練習しなきゃいけないし、自分の時間も削られるし。そのくせ、存在を軽んじられがちで。…影の努力なんてほとんど見られない」


「本番も、結局目立つのは指揮者で、表彰を受けるのは責任者。失敗したら責められるのに、見返りは何にもないわけ」

そう、成功報酬と失敗の代償がてんで釣り合っていない。そんな損な役割が、伴奏者。


「…でも誰かがやらなくちゃいけない役割で。だからこそ決める時には押し付け合いになった。みんな、自分じゃなければいいやと思って」


「でも、菜乃花だけは押し付けなかっただろ。挙げ句に代わるなんて言い出すし…お人好し」

お人好し、なんて初めて言われた。
私は鈍くて、人を苛つかせるばかりで、性格がひねくれているのも自覚してるから。
そんな風には、お世辞でも言われてこなかった。

…なのに。
お人好し、と付け足した瀬川は呆れた口調なのに薄っすらと笑んでいて。



「普通はできないって、そんな自分を犠牲にするようなこと」


「…怖くて、何も言えないだけだよ」


いつもみんなの取り繕った表情が怖くて、機嫌を損ねるのを恐れて、口を噤んでしまうだけ。


瀬川はその私の言葉に納得いってなさそうな表情を一瞬したけど、それ以上何も言わなかった。





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