ショパンの指先
有村がいなくなると、途端に力が抜けた。心臓はまだ、バクバク煩く鳴っていた。

……終わった。

床にペタンと座りながら、しばらく余韻を噛みしめていた。

有村にぶたれた頬が少し腫れているから、この日は洵に会いに行くのを止めた。

次の日、私はブランドバッグ等を質屋に売りに行って、その足で不動産屋を周り、すぐに住めるマンションを契約した。有村から貰った手切れ金とバッグを売ったお金でなんとか前金を支払うことができた。

頬はまだ少し腫れていたけれど、化粧をしたら綺麗に隠れた。だから私は洵の家に行ってみることにした。

時刻は15時。アマービレに出勤するまでまだ十分時間があるはずだと思った。

洵の家に着き、チャイムを鳴らした。昨日は家を出る時に、テーブルに無造作に置かれていた鍵を借りてドアを閉め、ポストの中に入れて返してしまった。これはまた貰ってもいいのだろうか? と一瞬思ったけれど、何も言われてないので返しておいたのだ。

「洵~、いないの?」

 チャイムを鳴らしても返事がないので、直接声を掛ける。どこかに出掛けているのかなと思ったけれど、なにか胸騒ぎがしてドアノブを回した。ガチャリと音がして、扉が開く。

「洵、いるの?」

 私はゆっくりと部屋の中に入っていった。何かがいつもと違っている気がする。動悸が激しく鳴っていた。

裸足で廊下を踏みしめる。静かな室内。冷たい床の感触が不安を掻きたてた。

リビングのドアノブを握った。なぜかスローモーションのように自分の動きがゆったりと感じられた。
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