ショパンの指先
「あなたは洵からピアノを奪っていいほどの価値のある女なの? あなた娼婦だったのでしょう? そんな女のためにどうして全てを捨てるのよ!」

 遠子さんは泣き叫びながら言った。その言葉にだんだんと怒りが込み上げてきた。

「……娼婦だったからなによ」

 私は下を向きながら、聞こえるか聞こえないかくらいの声を吐きだした。そして、意を決し顔を上げる。

「私は私の過去を後悔したりしない! それは確かに将来のことなんて何も考えず、馬鹿なことをしたなと思う。でも、この仕事をしていなかったら洵には会えなかった! 今までの私の人生なんて糞みたいなものだけど、洵に会えたから生きていて良かったって思える。人に誇れるようなことは、何一つしてないけど、嫌なことばっかりだったけど、その一つ一つがあるから洵に出会えた。何か一つでも変えたら洵に出会えなかったかもしれない。だから私は、私の過去を後悔したりなんかしない! 恥とも思わない! 私は過去に戻れても、洵に出会えるためだったら、嫌なことしかなかった人生を何度でも繰り返してやる。絶対後悔なんてしない! あの夜のことだって、洵に出会えたことだって、絶対に後悔なんかしない!」

 人前では泣きたくなんてないのに、私は叫びながら涙を流していた。半分は自分に言い聞かせるようだった。洵と出会えたこと、あの素晴らしい夜のこと、それをなかったことにできたらなんて、私にはどうやったって思うことができない。

「あなたはなんて自分勝手な女なの。自分さえ良ければいいの? それで例え、洵からピアノを奪ったとしても。自分の欲望のためなら構わないの?」

「遠子さんに言われたくない! 遠子さんこそ自分の欲望のために洵を縛り付けていたじゃない!」

「あなたに何が分かるのよ! 私の何が!」
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