ショパンの指先
震える声で問う私に、優馬は悲しそうに頷いた。

「どうして洵はいなくなったの?」

 すると遠子さんは泣いていた顔を上げ、キッと私を睨みつけた。

「だからあなたのせいって言っているじゃない! あなたが洵をそそのかしたから。洵は、簡単に約束を破るような男じゃない。約束を破った責任をとっていなくなったのよ!」

「約束って?」

「誰ともセックスしないって。私だけの洵でい続ける約束よ」

「そんな約束おかしい! お金で洵を縛り付けて、洵の自由を奪って……。私だけの洵ってなによ。洵は誰のものでもない! そんな愛情狂っている!」

「あなたに何が分かるのよ! じゃあ、あなたなら洵にピアノを続けられるように資金援助をすることができたの? できないから洵はピアノを続けられなくなって姿を消したのよ。あなたと出会わなければ、洵は自分を責めずに済んだし、ショパンコンクールにも出場することができた。もうちょっとだったのよ。もうちょっとで洵は夢を叶えることができた! あなたのせいで洵は夢とピアノを失ったのよ!」

 めちゃくちゃな理屈だと思ったけれど反論できなかった。私のせいと言うけれど、遠子さんが洵を縛り付けるような約束をしたから洵はいなくなったのではないかと思うけれど、遠子さんがいなければ洵はピアノを弾き続けることができなかったし、ショパンコンクールに出場することもできなかったのだと思うと、やっぱり私のせいなのかなとも思った。

そう思うと、足が震えて立っているのがやっとの状態になった。きっと一人だったらこの場で泣き崩れていた。でも私にはいくばくかの羞恥心とプライドが残っていた。遠子さんや優馬がいる前で涙を見せたくはなかった。

 私のせいで洵はいなくなった? 私が洵から夢を奪ったの?

 禁断の果実に手を出したイヴのように、私は欲望のまま取り返しのつかないことをしてしまったの?
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