ショパンの指先
優しい声色で、私の顔を心配そうに覗き込むから、張りつめていた糸が切れそうになった。

 なぜだかよく分からないけれど、瞳に涙が溢れてくる。

「洵の曲が聴きたい」

 私は顔を上げて、洵の瞳をじっと見つめて言った。

 声が涙声でかすんでいた。今の私にできる精一杯の返事だった。

 何があったかなんて、答えることはできないから。

 答えられない代わりに、私の一番求めていることを、勇気を出して伝えた。

 すると洵は、真面目な顔で私をじっと見つめ、大きな手の平を私の頭にポンと乗せた。

「最初からそう言えよな」

 洵は私の手を握って、乱暴に歩き出した。

 私は洵に引っ張られるようにして、後ろをついていく。洵の背中を見ながら、零れた涙を、手を繋いでいない方の手でサッと拭き取った。

 泣いている姿は誰にも見られたくない。弱っている姿も。

 そんな私の気持ちを理解しているのか、洵は私の顔を見ずに歩いていく。私は洵の歩幅に合わせるように、少し小走りになりながらついていった。

 繋いだ手が、温かかった。


 マンションの部屋に入ると、漆黒のグランドピアノが出迎えてくれた。ピアノは夜露に濡れたように黒光りしていて、まるで部屋の主のようにどっしりと構えている。

「熱いシャワーでも浴びてきたら? そのままじゃ風邪ひくぞ」
「いいの?」
「いいよ、別に」


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