Phantom


 彼女の住むアパートに訪れ、インターフォンを鳴らす。このときだけは、彼女の住むアパートのセキュリティが甘い事実に感謝した。

 だが、インターフォンには何の反応もなかった。しかも中からは音が全くしない。

 今日は木曜日だった。毎週木曜は大学の授業が入っていないと彼女自身がそう言っていたはずだから、彼女が大学に行っているわけがない。それに、やや低血圧の彼女は、用事がなければ午前中は基本的に家にいるはず。なのに、なぜ。

 合鍵なんて持っていないけれど、彼女のアパートの部屋はテンキーロックで、正しいパスコードを打てば開錠ができた。何度もここに来ているがゆえに、例の6桁はしっかりと記憶している。

 それを無断で打ち込むことに罪悪感がないといえば嘘になるが、そもそも、おれの連絡を無視する睡がわるいに決まってる。だからおれは、扉を開ける。

 簡単に開いた扉の隙間から、一応、中に向かって最後の確認をした。


「睡、いる?」


 中からは人の気配がしない。電気も点いていない。なのに、睡がいつも履いているパンプスが玄関先に脱ぎ捨てられている。

 何かがおかしい。中にいるはず、なのだけど。

 履いていたスニーカーを脱ぐ。なんだか異様な雰囲気を感じていた。

 廊下をすり抜け、部屋の前の扉の前に立つ。奥に睡がいるとしたら、どういう反応をするのだろうか。急にやってきたおれに対して、驚いて、嫌悪の表情をするのだろうか。そうなったら、「おまえのせいだ」って思い切りいやな顔をしてやって、連絡を返さなかったことを咎めたい。ああ、おれって、いつまで経っても成長しないな。

 そんなことを考えながら、奥の部屋の扉を開けたとき、心臓が止まる心地がした。



 ——睡が、床に倒れている。





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