第一幕、御三家の桜姫
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桐椰くんの指摘は正しい。あの時は、桐椰くんとこんな風に関わるなんて思っていなかったから、ごく普通に接していた。クラスメイトだろうが友達だろうが、とにかく桐椰くんと名前のつく関係になるなんて想定していなかったから。
「お前が、なんでわざわざキャラを変えて――お前の言葉を借りれば仮面をかぶったのかは分かんねー。どうせお前は聞いても答えないし、どうせボロも見せねぇんだろ」
ふふ、と笑っておいた。普段だったら「やだなあ、こうやってボロ出まくりだよ」と言いながら制服でもはたいて、煙に巻いていただろう。
「だから俺は、目の前のお前を信用することにする」
……思わぬ答えに、頭の中で会話のシミュレーションすらできなかった。驚いて見返すけれど、桐椰くんの表情は変わらない。そこに交じっているのは、ほんの少しの寂しさと、諦めと――。
「お前がどんな仮面被ってんのか知らねーけど。仮面ごとお前を信用してやるよ。今はな」
ぎゅう、と桐椰くんに見えないように手を握りしめた。そうやって桐椰くんが見せてくれるものは、私にはあまりにも眩しくて……、痛みさえ感じてしまいそうになる。
それを必死に誤魔化した。
「……そういうところだよねぇ」
「あ?」
手向けられた誠実さとか正直さとか、そういったものになにも気づいていないふりをする。
「ていうか遼くん、最後まで送ってくれなくていいよ? 家真逆なんでしょ?」
適当な曲がり角で立ち止まって手を振るけれど、桐椰くんは無視して進行方向に歩く。その隣にひょいひょい、と追いついて、わざとらしく顔を覗き込む。
「遼くーん? 別にいいんだよ、学校の人見てないし、彼氏彼女のフリしなくてもー」
「お前が生徒会役員に襲われて明日以降BCCに出られなかったらどうすんだ」
桐椰くんは、私を知らない。私のことを、何も知らない。だからきっと、私は口先ばっかり達者なか弱い女の子だと思ってる。
──あぁそうか、と、自分の中で妙に合点がいった。月影くんはともかく、松隆くんと桐椰くんは、会った日は同じなのに、桐椰くんばかり虐めてしまう理由。それは、揶揄い甲斐があるからでも、クラスが同じだからでも、カップルごっこをさせられてるからでもない。
「遼くんって意外とフェミニストだよねー」
「意外ってなんだよ。今日はもう疲れたんだから余計なツッコミさせんなよ」
「これは皮肉とかじゃなくて本心だもん。金髪だし制服もまともに着ないしのいかにもな不良くんのくせに女子供に優しいなんて、とんだツンデレだよ」
「……やっぱお前殴りてぇな」
何のお陰だったのかは分からないけれど、桐椰くんの機嫌は以後の道のり、少し直った。激しいツッコミのない静かな声は、きっと機嫌じゃなくて本当にただの疲労だと思う。