第一幕、御三家の桜姫
「でも、桜坂が殴られるのを黙って聞いてたのは悪かった。本来なら、桜坂に指一本触れさせるべきじゃなかった。その点は謝るよ」
それなのに、一切誤魔化すことなく、松隆くんは頭を下げてくれた。彼は、酷く誠実で、不誠実だ。
「ハイエナの駆除が終わったっていうのもあるけど、これからはこんなことはしない。桜坂に囮になってほしいと頼むことはあると思うけど、それは頼むという形をとる」
「……これを理由に、私が御三家に協力しないって言ったら?」
「それは困る。俺達には桜坂が必要だ」
「その割には随分な扱いじゃん。もし私が抵抗しなかったら、さっさと乱暴されちゃってたかもよ」
「黙ってやられるような、弱い女子じゃないだろ? ……幕張匠の、元カノは」
弱点を突かれたように心臓は跳ね上がり、そのまま早鐘を打ち始めた。ドクドクドクと大きくなった脈が耳元で聞こえてくる。緊張、焦燥、吃驚、全てが入り交り……、結局困惑した表情をしてしまう。
「誰……から、聞いたの、それ……」
「中学の同級生。鶴羽樹っていうんだけど、知ってる?」
知らない名前だったけれど、幕張匠の名前を知っているということはその関係の人だろう。そして幕張匠という名前自体は――懐かしいと言っても嘘ではなかったけれど、それだけでは足りないほどの意味が込められた名前だった。
「そういう反応をするってことは、幕張匠と少なくともなんらかの関係はあるんだね」
コーヒーカップをテーブルに置き、私の隣に座りながら「幕張の名前なんて、知ってるやつはそんなにいないよ?」なんて嘯く。
「彼は、ある意味都市伝説のような存在だからね」