第一幕、御三家の桜姫
 じっと黙っていると、松隆くんは肩を竦めて返した。何も言ってくれないならそれでいい、ということだろうか。


「他に俺が聞いたのは、正確には桜坂が幕張家に出入りしてたって話。従兄弟――ってわけでもなさそうだし、それが本当だとしたらまあ使用人かとも思ったんだけど、その反応は元カノのほうかな?」


 どうやら、元カノという部分は鎌かけだったらしい。やっぱり、この人は怖い人だ。


「……だからただでやられるような弱い女子じゃないって?」


 とはいえ判断するには少し尚早(しょうそう)じゃないだろうか、暗にそう告げたけれど、クックと松隆くんは喉の奥で笑った。


「だってそうだろ。あの幕張匠の関係者なんだから」


 ついでに桐椰くんを怖がることもなかったし、こんな俺達との契約をのんでるし、と別の要素を出されて、少し納得した。確かに、一見して不良みたいな桐椰くんを怖がらず、挙句よく知りもしない御三家と契約を結んでるなんて、我ながら豪胆(ごうたん)だ。


「実際、さっきの無名役員の腹部には上履きの汚れもあったし。桜坂が蹴ったんだろ、よくやるよ」


 そういうところまで想定して目をつけていたんだ、そう聞こえてきそうなほど確信に満ちた声だった。

 知る限りの情報を頭で総合して答えをはじき出し、ギリギリを攻める。その頭の切れに、悠然と座る姿も相俟って、リーダーとしての格を見せつけられた気がした。


「ま、あれが土壇場での度胸だったかどうかは別として、少なくとも桜坂を選んだ俺達の目に狂いはなかったってことだ」


 結果が目論見(もくろみ)通りであれば、文句はない。その声音はは取引相手としての冷静さと無関心さを同時に(はら)んでいた。

 利用した挙句に見込み通りだったので満足した、なんて、本当は文句のひとつでも言ってやりたい気分だったけれど、それ以上に感心してしまっていた。やっぱり、この人はあの御三家のリーダーだ。


「……いまのその話って、誰から聞いたの?」

鶴羽樹(つるはいつき)。知ってる?」


 ……知らない名前だ。首を横に振って、もう一度口を開く。


「……私と幕張匠の関係って、桐椰くん達も知ってるの?」

「いや、知らないよ。どうかした?」

「知られたくない」


 だったらせめて、バレるのはこの人だけでいい。
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