拝啓、前世の恋人へ。恋知らずな君を千年分の愛で離さない
「なっ! そこまでしなくても――っ」

 言いながら手を引き抜こうとしたところで、指をからめるように握り直される。口から悲鳴が飛び出しかけた。
 私たち以外にもたくさんの観光客がいるというのに、まるで恋人のように密着したまま歩いていくなんて無理だ。恥ずかしさのあまり全身が熱くなり、背中に変な汗がにじむ。そんな私のことなど意にも介さず、彼はそのまま歩きだした。

「東雲さん!」

 焦って呼び留めたら、振り返った彼がにこりと笑顔をくれる。

「これも練習のうち、ね?」
「なっ……」

 小首をかしげて念押しされ、言葉を失った。年上の男性のあざとさというのは、どうしてこうも破壊力抜群なのだろう。

「顔合わせが延期になった分、恋人同士としての関係も進んでいないとおかしいだろう? いい機会だから、外でも恋人らしくふるまえるよう練習してみようか」

 恋人の練習のことを持ち出されたら反論するすべがない。実際はご両親の前で恋人らしい振る舞いができるかどうかが肝心なので、人の目を気にしない練習をするにはこれくらいがちょうどいいのかもしれない。

 でも、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。こんなにたくさんの人の目に触れるところでなんて聞いていない。

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