『逆、猫吸い譚 ~雄の三毛猫、三条国芳は今日もすず子の匂いを吸う~ 』
俺が名を呼べば「何ですか?」と甘い声。
他の猫たちにかける声音ではない艶を含んだ、俺しか知らない妻の夜の声。
「寒くはないか」
「はい」
すり、と猫のように寄り添う妻の体を抱いて……今にもごろごろと喉でも鳴りそうなその細い首筋に何度も甘噛みをしながら緩やかな体の曲線に手を忍ばせ、撫でる。
「……国芳さん」
「なんだ」
「こんな時に何だか変な言い方かもしれないのですが」
楽しいですね、とすず子も眉尻を下げて笑っていた。
ああ、お前といるといつ何時でも楽しい。
そして……愛おしい。
本格的に愛し始めてしまえば綻ばせていた口元は甘く小さな声を抑えようとわななき、震える。
眉根を寄せて、切なそうにしている妻を抱いて俺も少しだけ、その柔らかい体に自らの欲を擦り付ける。
衣擦れと、密かな喘ぎだった。
「限界か」
頷く妻に断りを入れてから着崩れている足の間に入り、彼女の膝を抱え込む。深く繋がり合うだけが番同士の愛情のやりとりではないのだと教えてくれたすず子。
神なりの祝福と悪戯で伸びた長い髪を今夜乱したのは俺。
この着物も、体も、俺だけが乱す事を赦されている。
「ん……ッ」
淡く色づいた肌がびくりと震える。
流石にもう慣れただろう?といくつもの夜を俺は思い出していた。妻はまだまだ初心な反応を見せがらも――時に思いがけない方法や言葉で俺を翻弄してくれる。
そうだな、楽しい。
とても心地よく、楽しい時間だ。
「くによし、さん」
「ん?」
「ずっと、耳が横に」
へたれていたか。
ならば今夜は着物で隠れてはいるが尾もそうだろうな、すず子の前ではただの雄でしかない俺だ。
長い髪は、波打つように揺れ乱れていた。
俺だけのすず子、と彼女に向ける熱が思考をぐらつかせて――つい、俺は悲鳴のように啼かせてしまう。分かっていると言うのに、こらえ性の無い俺はいつもより強い刺激を与えてしまっていたらしい。
今夜も宛がうだけで押し入ることはしないから、体力も減らんだろうと少し長く楽しもうと思ってしまったのが悪かったんだ。
「すず子」
声を掛けながら愛していた。
俺もこの快楽を楽しもうとして、あまりにもその……すず子をもてあそび過ぎた。息が上がっているのは興奮しているだけなのだと。
甘く、短く体を震わせているのは分かっていたが――柔らかな体が強く跳ねた。
その衝撃で俺も深く唸ってしまったがこの営みの形は俺たちの了承の範囲だったにせよ。
胸を震わせて白い袖で顔を隠したまま息をしているだけのすず子。俺は本当に涙を……ぐったりと垂れてゆくように俺が手を離した膝が崩れ倒れてゆく。泣かせてしまったのか、と急な事態にうろたえてしまった。
「だいじょうぶ……ちょっとびっくりした、だけ……ですから」
でも、恥ずかしいから今度からはあまり強くしないでください、と言葉が添えられる。
「……あまり、強くされると人によっては、その……」
「俺はどうしてお前の事となると歯止めが……本当に少し修行に出た方が良いのか……?」
言いづらい事を言わせていると悟った俺はすまない、と謝りながら身支度を整え体を起こしたいと言うすず子に手を貸す。
身を清めてから眠りについたすず子と俺は玉が起こしに来るまで二人で深く眠ってしまっていた。
朝の挨拶と支度にやって来た玉は頬を朱に染めながらも嬉しそうにしているが……妻の方は恥ずかしさに未だ慣れていないのか「もう少し横になっていていも良いかしら」と体が消耗している事を玉に伝えている。