ぼくらは群青を探している
 しかも私の頭上に悠々と腕をつくほどの身長差があり、揺れる電車の中でもぶれない体幹からは筋力差があることも分かる。この間の家での出来事といい、雲雀くんは近くにいると体格差のせいで男子っぽさを感じてしまう。

 ……という理屈よりなにより、単純にここまで他人にパーソナルスペースを許すことはないので、近づかれると理屈抜きに(あせ)るというか、狼狽(ろうばい)するというか……、なんとも形容しがたい動揺を感じる。それを誤魔化すために、静かにゆっくりと、深く息を吐きだした。


「池田、大丈夫かな」

「え?」


 でもやっぱり雲雀くんは何も感じていないのだろう。頭上であたりを見回す雲雀くんはいつもどおりの無表情だった。


「思いっきり流されたただろ」

「あー……うん、そうだね……桜井くんが近くにいてくれればよかったんだけど、どう?」

「アイツの横にはいない」


 私の目線からは桜井くんの金髪さえ見えなかった。


「……雲雀くん、背伸びた?」

「なんだ、急に」


 本当に急だったせいで、頭上から笑みが降ってきた。心臓が跳ねると同時にさっと目を逸らす。


「……なんか伸びた気がした」

「まあ、成長期だから。昴夜ほどじゃねーと思うけど」

「あ、やっぱり桜井くん伸びたよね」

「すげー成長してるよな。タケノコかよ」


 分かりやすいたとえだけれど、そこでタケノコが出てくるのがどこかおかしくて笑ってしまった。お陰で少し緊張もほぐれた。

 そう感じたせいで、自分が緊張していたことに気が付いた。そうか、この間のことといい、雲雀くんの近くにいるとき、私は緊張しているのか。原因はきっと雲雀くんほど身近な男子がいないからだ。それが何を意味するのかは、また別として。


「そういえば、九十三先輩からメールがきてた。補習終わったら合流しようって」

「やだよ面倒くせ」


 雲雀くんならそう一蹴するとは思っていた。でもきっといざ九十三先輩が出てきてもイヤな顔をするだけで胡桃相手にするように無視したりはしないだろう。


「大体、そんな遅くまで補習やってんの?」

「補習は四時で終わるけど補習の課題が終わらないんだって」

「そういうの計画的にやんねーから補習になるんだよ、あの人」

「群青の先輩みんなそうらしいよ」


 言いながら、普通科五位以内常連だという蛍さんのことが脳裏に過った。蛍さんはきっと補習ではないのだろう。つまり他の先輩達が補習に出ている間、自由な時間がある、そしてそれは能勢さんも同じく──なんて考えてしまって、かぶりを振った。あの二人の先輩のことは、現時点ではいくら疑っても答えなどでない。

 雲雀くんはそんな私の様子には気づかず「……本当にどうしようもねー先輩共だな」と嘆息した。これ以上先輩達の話題が続くのは気まずい。


「……そういえば桜井くんは補習ないんだっけ?」

「三国のお陰でな。前日にヤマハリしてやんなかったら、アイツまた古典赤点だったろ」


 そう、桜井くんは試験前日も(うち)に来ていた。桜井くんの家と私の家とは全く別の方向にあって遠いので、来る暇があるなら勉強をしたほうがいいのではないかと思ったけど、桜井くんは一人だと勉強をしないらしい。うだうだと言いながら夕飯まで食べて帰った。ちなみに雲雀くんも同じく。雲雀くんは桜井くんの保護者然としている。


「そういや、三国は能勢さん達から聞いてんの」

「え、なにを?」


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