絶え間ない心変わり
<凪視点>

気がつくと、今度行くことになっている『世界の薔薇展』に出品される薔薇の種類を調べている。

「まただ」

キーボードから指を離して、気分を変えようと席を立った。
濃いめのエスプレッソを入れて、窓を全開にする。
深夜の風は思ったより冷たくて、一瞬身震いした。

慌てて窓を閉め、洋酒入りのチョコレートを頬張った。
甘いものは苦手だが、強めの酒が入っているチョコは好きだ。
その甘みがまだ残る中、エスプレッソを流すと覚醒感が戻ってくる。

(これで明日締切の仕事はやりきれそうだな)

少しホッとして席に戻った。

こんな感じで、最近の俺には、以前にはなかった『仕事の邪魔』な思考が入るようになっている。

認めたくないが、俺は芹沢さんに惹かれている。
その理由は、以前俺が振られた女性にそっくりだからだ。
異性に振られるなんて、後にも先にもその人だけで……結構な傷になっている。
俺の傲慢さを指摘した最初の人でもあり、その人への反抗心から意地でも生き方を変えるものかと決意させた人でもある。

(見た目は似てないのにな)

その女性は芹沢さんよりずっと年上だったし、もっと控えめで地味だった。
だからこそ、俺はその女性に甘えて相当に傲慢な態度をとった。
今も胸がチクリとするくらい、彼女との別れは消えない思い出になっている。

(またあの思いをするのはやだな)

そう思っているのが正直なところで。
可能であれば、芹沢さんには俺なんか好きにならないでもらいたい。
とは思うのに、俺の行動はチグハグで。
仕事でのミーティングは積極的に参加するようになり、その延長で花を見にいこうというデートの誘いみたいなことまでしてしまった。

「絶対、下心ありだって思われてるよなあ」

日頃の行いがどうこうと、毎回言われているから最近は慣れてきた。
それを軽蔑して恋愛対象外なら、それはそれで好都合だ。
なぜなら“男女の関係にならない“というのは、ずっと付き合い続けられるということでもあるからだ。

肌に触れる。体を重ねる。
そういう体験を通してしまうと、どんな理屈をこねくり回しても、純粋な関係には永遠に戻れない。
相手を束縛したくなる、甘えたくなる、わがままになる。
それを許せる相手だから恋人同士っていうのは結婚も考えるんだろうし、嫌いな部分も受け入れながら信頼を積み重ねるんだろう。

そんなこと、俺にはできそうもない。

嫌な部分を見たら、一気に冷めるし。
理想を持てば持つほど、相手に謎の期待が高まるし。
自分がそうされたら、死ぬほど重くて嫌だし。

(誰だったか、ピーターパンシンドロームだねって言ってたな)

永遠の少年。
体だけ大人になってしまった悲しい子ども。
胸の中にある、魂だけが子どものまま置き去りになってる……

その通りだと思う。
だから俺の表面上の人格では考えつかない言葉が、文章を通すと紡ぎ出されたりする。
時間を置いて読み直してみると、自分の文章がすごく綺麗に見えることがある。
それは、置き去りにされた子どもの自分が描いているからなのかな……と感じることもあるけど。
真実はわからない。

俺は愛の意味も恋の深みも知らない、子ども大人だ。

こんなこと、外の誰かに言ってみても仕方がない。
相手の目に映る俺は、一応暮らせるだけ稼げる職業があって一人で自活している大人の男に見えるわけだから。

甘える対象ができると、底なしになる自分を知ってる。
そのアンバランスさがあるから、ミステリアスな感じにも見えるらしい。
気分が変わるし、行動も安定していない。
それが母性の強い人を「なんとかしてあげたい」という気持ちにさせる。

自分の性質がわかっていても、寄ってくる女性に本当の自分を見せる気にはなれない。
深く欠落した部分を抱えられる女性なんかいるわけがない。
“あの人“だって無理だったことなんだから。

「……そこそこにしないとな」

芹沢さんを気にかける自分を戒めるように、俺はモニターに開いている薔薇庭園の画面を閉じた。


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