神殺しのクロノスタシス〜外伝集〜
「『さぁ、辿り着いたぞ。ここが鬼ヶ島だ』」

また背景が変わり、ざざー、ざざー、と波の音が聞こえる。

どうやら、周辺を海に囲まれた島であるらしい。

「『鬼め、出てこい!』

…と、カブ太郎は叫んだんだ。すると…」

舞台の上手から、ツノを生やしたナジュが現れた。

「あっ、ナジュ君だ…」

ようやく、心配していた友人の姿を見つけ、安堵する天音。

ナジュ、お前、鬼役だったのか。

悪の親玉、みたいな演技をするのかと思ったが。

ナジュが扮する鬼は、酷くおどおどしていて、怯えているように見えた。

「カブ太郎は、舌なめずりをしながらこう言った。

『今日こそ、お前を八つ裂きにしてやる!』…って。

だけど、鬼は一生懸命言った。

『や、やめてください。僕は、僕達はなんにもしていません』」

…んん?

鬼と言えば、人々を喰ったり殺したりして困らせて、人々の不安の種になっている存在のはず。

だからこそ、カブ太郎も鬼を退治しようとしたんじゃ…。

「しかし、獲物を前にしたカブ太郎には、そんな言い訳は通じないよね。

『お願いです、見逃してください…!』

『黙れ。お前は鬼だ。鬼は悪いんだ。悪いヤツは、いくら傷つけても構わないんだ』

…だって」

そして、ついに。

ますます青ざめるナジュ鬼に、すぐりカブ太郎とマシュリキジ猫が迫る。

この時の、すぐりの顔。

正義の味方の桃太郎の顔じゃない。

口元は裂けるように歪み、目は血走って、はぁはぁと息を荒くしている。

…完全に、イカレてる人の顔。

これじゃ、鬼はナジュじゃなくて…。

ナレーションをしている令月の演技も迫真で、今、まさに物語が佳境を迎えていることが分かる。

会場の空気も、良い感じに凍りついている。

「『どうかお慈悲を。奥に妻が、妻のお腹には子供が、うっ…』」

グサッ!!という、生々しい音がした。

それも、ツキナの音魔法によるものだ。

しかし、壇上で行われていることは、「本物」だった。

すぐりが、鎌でナジュの腹をぶすり、と刺したのだ。

本物の血が、ボタボタと舞台の上に溢れた。

会場から、大人や子供達の悲鳴が聞こえた。

俺だって叫んでたと思うよ。

…ナジュが不死身だと知らなかったら、な。

あいつ、自分が不死身だからって、まじで刺しやがった。

ナジュ鬼は、その場にバタッ、と倒れた。

溢れ出した血(本物)が、舞台の上に湖を作っていた。

それから、マシュリキジ猫が、キシャァァッと雄叫びをあげて、何もない空間に齧りついた。

途端、ギャァァァ!!という、女性の悲鳴と共に。

ぐちゃぐちゃ、バキバキ、バリッ、という、肉を引き裂く音(ツキナの音魔法)が、不気味なほど大きく響いていた。

…そして。

「カブ太郎は笑った。やり遂げた笑顔だった。

『俺は正しいことをしてるんだ。だって、鬼は悪いヤツなんだから。悪いヤツを殺すのは悪いことじゃない。そうだよな』」

ナレーションの令月は、やたらと弾んだ声だった。

その時、俺は気づいた。

この『カブ太郎』の世界において、どちらが悪で、どちらが正義なのかを。
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