桐田家のヒミツゴト~秘密の契約結婚からはじまる恋~
「朝士、待て……」
「うっ……ぷ、気持ち、悪い……」
智夜さんがぎょっとして朝士くんに手を伸ばした瞬間──、あかねちゃんが顔を真っ青にしながら口元を押さえた。
「……吐く」
その一言に、周囲が息をのむ。
「おい、トイレまで我慢しろって!!」
彩都くんが、半ば引きずるようにして、あかねちゃんをすぐ横の管理棟のトイレへ連れていく。
バタバタと足音が遠ざかって、あとに残ったのは気まずい沈黙だった。
「やー……?」
「柊、びっくりしたよな。ごめんな」
智夜さんが今にも泣きそうな柊くんを抱き上げて、背中を優しく撫でる。
「えーっと……どういうこと?」
茉昼ちゃんが、静かに困惑したように言葉を落としていき、
「何が本当で、どこからが嘘?お兄ちゃんと、彩里ちゃんが……」
私と智夜さんに交互に目を向けた。
「さっきの、どこまでが本当なの!?」
「俺が彩里にキスした」
「はぁ?何で朝士が彩里ちゃんにキスするの?え、2人そういう関係なの?」
「あー……。彩里、ちょっと前、俺のこと無視してただろ?」
「確かに、そんな時期あったね」
「俺が勝手にしたから……」
「じゃあ、お兄ちゃんと彩里ちゃんは……何もなかったんだね?」
「あ、うん……何もないよ」
少しだけ、声が上ずった。
茉昼ちゃんの視線が刺すように向けられるから、思わずパッと目を反らしてしまった。
どうしよう、心臓の音がやけにうるさい。
張り詰めた空気の中、次に口を開いたのは智夜さんだった。
「覚えてないけど。前に、朝起きたら、隣に彩里ちゃんが寝てたことがあった」
え……?
「酔っててしっかりと覚えてないけど、彩里ちゃんの様子も少しおかしかったし、でもそれ以外は──」
「へ、へー……まぁ、智ちゃん酔っぱらうと距離感バグるし、甘えん坊になるしね」
智夜さんの告白に、茉昼ちゃんが言葉をぎこちなく続けていく。
「あ、ごめんね、変なこと言って。あはは」
なんだろう、この空気。
明らかに、何かがおかしい。
私と智夜さんは、確かに本当の夫婦じゃないけれど。私達の間に何かあることが、そんなに、拒否的になるものだろうか──。
「……ねぇ、彩里ちゃん。お兄ちゃんのキス、優しかったでしょ?」