音のない世界に生きる私が、あやかしの妻になりました

 そうしていつも通りに一日を過ごし、月が昇る頃、李央が御影邸に顔を出した。

「やっほー!桜ちゃん!ついでに御影 黒稜」
「こ、こんばんは…」
『ついでとはなんだ。ここは私の家だぞ』

 相変わらずの軽いようすの李央に呆れながらも、黒稜の書斎へと招き入れる。
 桜はお茶とお饅頭を盆に乗せ、それらを黒稜と李央の前に置いた。そうして三人顔を突き合わせる。

「悪いねえ、二人の愛の巣にお邪魔しちゃって。よろしくやってる?」

 おおよそ若者とは思えない品のない言い回しに、黒稜が大きくため息をつく。

『前置きはいい、何かあったのなら話せ』
「うわっこっわ!こんな怖い男と一緒で俺は桜ちゃんが心配だよ~」

 軽口を叩いていた李央であったが、少し居住まいを正すと、声を低めて話し出す。

「桜ちゃんに掛けられた呪いの解術式が、見つかったかもしれない」
『「…!!!」』
『それは、本当か?』

 桜と黒稜は顔を見合わせる。

「まだ確証があるわけじゃない。それらしい文献がうちの書斎に眠ってた」

 李央の家系、雪平家は、元々呪いの解術式に特化した家系であった。
 だからこそ、李央自身も、微力ながら桜の呪いを一時的に緩和する力を持っていたのだ。
 李央は懐から一冊の薄い書物を取り出すと、それを机の上に置いた。
 随分と古い書物のようで、表紙の文字が滲んで読めなくなっていた。
 黒稜はそれを手に取り、ぱらぱらと捲る。何か絵のようなものも描かれている。

「桜ちゃんの呪いは、そもそも人間が生み出したものだ。人間が生み出したものなら、人間が解術できる可能性も高い」

 桜の呪いは黒稜の父、御影 稜介が生み出してしまったものだ。
 稜介に呪いを掛けられた当時の陰陽師たちは、もしかしたらその解術を試みたのかもしれない。
 その試行錯誤したようすが描かれていたのが、この李央が持ってきた書物だった。
 ぱらぱらと捲っていた黒稜は浅く息を吐き出す。

『この程度の解術式であれば、御影も知っている。それに、簡単なものはもうすでに桜に試している』

 黒稜の言葉に、桜も頷く。
 御影にあるそれらしい文献を見つけては、黒稜と桜はその術式を試していた。
 しかし今のところ、なんの成果もない。
 李央はふっと不敵な笑みを浮かべる。

「まぁまぁ、最後まで目を通せよ、最後の術式はなかなか興味深いぜ?」

 李央の意味ありげな笑いに、桜と黒稜は最後のページに描かれた解術法を読み始める。
 黒稜の眉がぴくりと動いたのを、李央は見逃さなかった。

「どうだ?興味深いだろ?」

 そこに書かれていたのは、あやかしの血を使った解術方法だった。

「桜ちゃんに掛けられた呪いも、そもそもあやかしの血を使って生成しているんだったよな。だったら解術するにもあやかしの血が必要かもしれない」
「あやかしの、血…」

 桜は眉根を寄せる。

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