君の手を
次の日から私は朝早く家を出て、先ず佳祐の自宅に寄ってから美容院に行くようになった。

「美里、美容院でバイトしてるんだって?」

私と並んで歩きながらお父さんが言った。

朝早く出るようになって、家を出る時間がお父さんと同じになってしまった。

おかげで色々と毎朝質問攻めだ。

「どこの美容院だ?」

「朝日ヶ丘にあるの」

「何て店だ?」

「トゥルース、てお父さん来ないでよ!恥ずかしいから」

来られると大変なことになるかも知れない。

私は佳祐にいっぱい嘘をついている。

「無理するなよ、せっかくの夏休みなんだから、もっと遊ぶといい。お小遣いなら余分にあげてもいいんだぞ」

「ありがとう。でも楽しみと気分転換でやってるから心配しないでね」


お父さんと私はやがて駅について、じゃあねと言って二手に分かれた。

お父さんは大阪方面、私は神戸方面へ向かうからホームは反対側だ。


線路を挟んだ向こう側のホームに立つお父さんが見えた。お父さんは、空いているベンチを見つけて腰を降ろしていた。


背中が丸まって、何か弱々しいなあ。


考えてみれば、お父さんとここ何週間もまともに会話していない。

毎朝、駅へ向かう際に聞かれる質問でさえも生返事。

記憶が戻らない娘を、お父さんは心配しているのだろうな。

だけど不器用な性格のせいで、お父さんは質問でしか、私とコミュニケーションがとれない。


それはわかっていた。


もっと大事にしなきゃ…ね。

そう思いながら見つめていたお父さんの姿は、ホームに入ってきた普通電車に隠れ見えなくなってしまった。



私を愛してくれているお父さんとお母さん。私は彼らを今裏切ろうとしている。


雅人を傷つけたように。


雅人はあの日以来全く連絡してこない。

私はと言うと、そんな雅人が今度会うと何て言うのかが怖くて、メールも電話も出来ないでいる。

しかも今、私の頭の中は祐太のことでいっぱいだ。


私は何て罪深いのだろう。

私は何て卑怯なのだろう。
< 49 / 83 >

この作品をシェア

pagetop