氷と花
 ──「ネイサン……」
 ふたりがついに結ばれた瞬間。

 カーテン越しに外の光を素肌に受けたマージュの素肌は、息を呑むほど美しかった。桃色に火照った乳首はぴんと硬く立ち、ネイサンが舌で優しく舐めあげると、繋がった下腹部がさらに強くネイサン自身を締めつける。

 破瓜の痛みに顔を歪めていたマージュも、しだいに恍惚とした表情になっていった。ネイサンの激情を慈しむように、不慣れに腰を動かしながら、太く尖ったものを必死に受け入れている。

 ネイサンはいきり立った自らを激しく出し入れしながらも、全身全霊を込めてマージュへの愛撫を続けた。

 ひとり孤独にマージュを思っていた頃の空虚感も、フレドリックの裏切りを知った時の怒りも、彼女に冷たくしかできなかった自分への苛立ちも、その時は綺麗に消えて無くなっていた。ネイサンとマージュの間にあるのは輝かしい刹那(せつな)だけだった。

 ネイサンは、自分という存在そのものがマージュに包まれているような気がして、泣きたくさえなった。

 あまり長く彼女の中でもつことはできなそうだったが、初めての行為で痛みを感じているはずのマージュを慮れば、それでよかったのだろう。ネイサンは激しく己をマージュの中に刻み続けた。

 ──わたしのものだ。
 そしてわたしは、君のものだ。


「ほら、マージュ。兄に言ってやってくれ、君が愛しているのは僕だと。僕と一緒にダルトンへ帰ってくれるね?」
 フレドリックのうわずった声が聞こえて、ネイサンは記憶から解放され我に返った。

 ああ、できれば今の白昼夢に永遠に囚われていたかった。

 ネイサンは相変わらず動けなかった。後ろを振り返ってマージュの顔を見ることも、マージュに今の自分の顔を見せることも、できない。そんなネイサンをマージュがどう思っているか……。

 同情か、憐れみか。
 愛情か。
 考えるのも億劫だった。
 しばらくの沈黙の後、マージュの諦めたようなため息が聞こえる。

「わたしの気持ちは……とっくに決まっているわ」

 ネイサンは強く拳を握った。このまま窓ガラスを叩き破り、その破片でなにかとてつもなく獰猛で残酷なことをしてしまいたい衝動に襲われる。
 もう少し晴れていれば、窓に反射したマージュの姿が見えたかもしれないのに、その日は雲が厚すぎてそこまでの光が差し込んでいなかった。灰色の空。煙突から吐き出される陰鬱な煙。見えるのはそれだけだ。

 マージュが短く息を吸うのが聞こえた。

「さようなら……お元気で、ミスター・ウェンストン」

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